西へ
俺と佐藤は、新幹線に乗っていた。
新幹線に乗るのは中学生の頃に修学旅行で京都に向った時以来で、俺の記憶にある新幹線と今の新幹線がまったく違うデザインなのに驚く。
目的地は大阪府の守口市と堺市。まず、守口市に向うそうで、新大阪駅から大阪駅に抜けて、地下鉄に乗り換え、更に京都まで続く京阪本線に乗るという説明だった。
俺は、殆ど東京周辺から外に出たことがないので、位置関係が全く分からないのだが、要するに守口市は大阪府の中枢部のベッドタウンらしい。
「大阪ではないのだけど、私はこの付近の出身でね。君よりは土地鑑があるかな」
と、佐藤は言っている。関西出身の男は、頑なに関西風の発音を守るものだが、佐藤にはそれがない。
「関西にいたのは10歳までさ。18歳までは岩手に。それ以降はずっと東京に住んでいるのさ。10年サイクルで動いていれば、お国言葉も定着しないものだよ」
俺は、記憶にある新幹線の座席よりだいぶ快適な座席に戸惑いつつ、ものすごい速度で運ばれてゆく。
静岡付近を通過する時、子供が大騒ぎしていたが、それは有名なロボットアニメーションのプラモデル工場がそこにあって、約20メートルもあるそのロボットがモニュメントとして建てられているかららしかった。
そういったことは、例外として、新幹線の中はほぼ満席とは思えないほど静かだ。トイレに行くついでに各座席を観察してみたが、ノートPCを広げて仕事をしている人が多い。あとは、スマートフォンを弄っている人。一種異様な雰囲気と言えなくもない。
佐藤は、そのどれでもなく、半眼になって腕組みをし、寝ているのか、黙想しているのか、分かりにくい格好のまま座っているだけだ。
たまに、ペットボトルのお茶を一口飲むぐらいしか動きがない。
「守口市には誰がいるんだ?」
退屈にかまけて、佐藤に聞く。
佐藤は俺に目的地は告げたけど、目的自体を語っていない。
「ある人物と会う」
と、佐藤は答えた。
その、人物についてだが、俺も氏家の資料を読んでいたから、何となく見当はつく。
ヤクザと組んで、多重債務者をリスト……通称「カモリスト」……を作り、そこから獲物を選び、その獲物の借金を清算して信用を得たうえで勤務先を紹介し、人生再生の夢を見させた挙句、保険金をかけて事故を偽装して殺す。
これが今回、佐藤が標的にしている人材派遣業者の徳山の基本的な手口なのだが、唯一殺し損ねた男がいるのだ。
その男の名は、木村哲人という。
こいつは、未成年の頃から恐喝、暴行、傷害、強姦、窃盗と、犯罪を重ね、やっていないのは殺しだけという人間のクズだ。
杯を貰えないまま、大阪周辺でヤクザの下請けみたいなことをやりながら、成人してからは刑務所と娑婆を行ったり来たりしていた男なのだが、シャブを運ぶのを手伝った際、パケをいくつかチョロまかしたのがばれて、東京に逃げてくる。
それで、木村を拾ったのが徳山と組んでいる現時点では名前も分からないヤクザで、そのヤクザを介して木村は徳山の手足となっていたという。
徳山は、適当に使い潰して、例によって保険をかけて殺すつもりだったのだが、木村は盗難車でパトカーとカーチェイスをした挙句、通行人を数人轢いて、道路の中央分離帯にぶつかって大破。
両足を切断するという大怪我を負ったのだった。
その木村の内縁の妻だった女性が守口市に。本人は堺市にある大阪医療刑務所に収監されているというわけだ。
本来、医療刑務所は、麻薬中毒や精神疾患の受刑者を収監しリハビリさせるための施設なのだが、全国に4つある医療刑務所のうち、東京都八王子市と大阪府堺市にある医療刑務所は、身体の障害を抱える受刑者も受け入れる施設らしい。両足を切断する大怪我を負った木村は、車椅子と義足の歩行訓練のため、ここにいる。
徳山も、自分のテリトリー外の関西、しかも刑務所内にいるとあっては、この男には手が出ない。それで、徳山の唯一の汚点の様に木村は今も生き続けているという図式だった。
「いきなり木村のところに行っても、警戒されるだけだからね。彼の奥さんという搦め手から攻略していこうかと思っているのだよ」
まるでゲームのように佐藤は言う。あまりにも気軽に言うので、俺もこれが楽しい探偵ごっこの様に思ってしまう。
だが、現実には、ひょっとしたら最低8人もの命を奪ったかもしれない男を相手にしているのだ。そいつを脅して金を強請り取る。人喰い鮫を相手に、素手で戯れるようなものだろう。
俺は俺の傲慢さゆえに、全てを失った。
その時から俺の心の中には酸の様に俺を蝕み続ける「負け犬のような何か」が巣食ってしまっていて、それゆえ俺は昏い何かに惹かれる傾向がある。
例えば大東さん。気になるという意味なら国分の昏い部分にも俺は興味があった。
そして、佐藤。わざわざ命を危険にさらして何を求めているというのか。金ではないのはわかる。俺の様に、目標がないからとりあえずゼニを備蓄しておこうという退路を確保するような小賢しい事を考えている風でもない。
俺の心に巣食っている「負け犬のような何か」は佐藤に脅え、脅えるがゆえに知ろうとしている。
だからこうして、東京から大阪に、乗り慣れない新幹線に佐藤と乗っているのだった。




