接触
バスを終点まで乗り、JRに乗る。車内は、やはり上り方面なので空いていた。秋葉原で山手線に乗り換え、俺たちが向かったのは池袋だった。
そこに、例の人材派遣業者の事務所がある。佐藤から聞いた説明によれば、その事務所は登記上、一応、有限会社の体を成しているが、その実態は、ほとんど人材仲介に関する営業はおろか、派遣先の新規開拓すらしていないらしい。
それどころか、ヤクザと組んで『占拠屋』まがいのこともやるそうだ。
占拠屋とは、立ち退きや、取り壊しが決まった建物にわざと賃貸契約をして居座って立ち退き料をせしめたり、看板を取り付けてその撤去費用を要求したりするのを商売にしている奴らの事。
こういった手合いも、先日、金を毟り取った叶らと同じくヤクザの企業舎弟であることが多く、要するに『堅気の商売』ではない。
池袋についた。
昔、通り魔殺人事件があった賑やかな通りに向う。そこにある雑居ビルの一室にその事務所はあった。
『徳山マネジメント』
それが、その事務所の名前だ。徳山とは、その人材派遣業者の名前。こいつが、俺たちの獲物だ。
「無理はしないよ。まずは、周囲を回ろう」
佐藤がそういって、キャンバス地のショルダーバッグから小型のデジタルカメラを取り出す。雑居ビルの入り、周囲の様子、そういったものを、ろくにファインダーも覗かず撮影してゆく。
「もっと、本格的なカメラでやるのかと思ったよ」
俺がそういうと、佐藤は俺の方を見ずに
「こっちが嗅ぎまわっていると知られたくないからね。だから、『おのぼりさん』が物珍しくて撮影している風を装う必要があるのさ。性能もよくなったし、小型デジタルカメラで充分なのさ」
と、答えた。なるほどねと、相槌を打ちつつ、俺は周囲の警戒を行う。バッド・カンパニーの用心棒の時もそうだったけど、その気になって観察すれば、不自然な動きをする者はなんとなく分かる。
意識にちょっと引っ掛かる奴を観察すると、不自然な奴にはちゃんと理由があるのが分かる。見た目はそうでもないけど泥酔している奴、薬で飛んでいる奴、自暴自棄になっていて単に暴れたい奴。
そいつらは、だいたい挙動不審なのだ。
俺は、さりげなく佐藤から距離を取り、佐藤を注視する者がいないか、観察する。佐藤は、貧相な体に蓬髪という怪しい風体だが、この東京のど真ん中の繁華街なら、それほど奇抜というわけでもない。
「もういいや。ここまでとしよう」
佐藤が、そう言って駅に向かって歩きはじめる。歩きながら携帯電話で誰かに連絡をとっていた。どうも、興信所らしい。
「フリーランサーなので、人手が足りないからね。調査を外部に委託することもあるのだけれど、信用できるところは少なくてね。今、電話した奴は数少ない例外さ」
佐藤は、その人物に俺を紹介するつもりらしい。組んでやるからには、面通ししておいた方がいいと思ったのだろう。
池袋駅前の喫茶店に入る。どうやらここが待ち合わせ場所らしい。氏家と会った時のように、他人のふりをするなどといった小細工はしないようだ。つまり、これからくる人物は、こっちの味方というわけだ。
「君が、気が付いたことを言ってくれたまえ」
俺はホットコーヒー、佐藤はアイスコーヒーをオーダーし、ウエイトレスが立ち去ったところで佐藤は唐突に俺に言った。
徳山マネジメントが入っている雑居ビルは、自社ビルらしいこと。
誰かがあそこで生活していること。
この2点を俺は指摘した。ビルの名前が『徳山ビル』という名前だったし、裏に回った時、ベランダに洗濯物が見えた。
「けっこういいとこ見ているね。案外この仕事が向いているかもしれないよ」
徳山は、言葉巧みに獲物の財産を処分する。それで借金を清算し、獲物の信頼を得る。そして、親切ごかしに、住むところと働く場所を提供する。実はそれは、相手が逃げないよう監視するための方便なのだが、獲物は捕食者の巣にかかってしまっていることに気が付かない。
弱り果て、パニックになっている者にとっては、徳山は救いの神に見えるだろう。恩を着せながら精神的な負債を次々と負わせ、自分に逆らえない心理状態にもってゆく。それが、徳山の手口らしかった。
本当に胸糞の悪い男だった。徳山という男は。




