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墜落

 明け方の住宅地、24時間営業のコンビニエンスストアで汁が煮詰まったおでんなんぞを買い、一人で誰もいないアパートに帰る時、俺は今までの俺の人生を振り返ってしまう。

「振り返る」という言葉を使うほど年齢を重ねていないが、俺が高校生だった頃が、大きな転機だったのだと思う。わずか8年前のことだ。

 当時、俺は恵まれた体格と、生まれついての運動神経の良さを武器にボクシング部に所属しレギュラー選手になっていた。

 ボクシングは始めたばかりでキャリアこそ積んでいなかったが、俺はあっという間に頭角を現して国体を狙える位置にいた。大学からもスカウトが見学に来たりして、勉強が全く出来ない俺でも大学生になれるチャンスがあった。

 馬鹿だった俺は、周囲にちやほやされて、今思い返しても赤面してしまうくらい調子に乗っていた。それである日、俺に絡んできた不良を軽くシメちまったのだ。

監督やトレーナーからは、これからは素行に注意しろと散々言われていたが、俺はその意味をあまり深く考えていなかった。

 不良は、俺を暴行で訴えた。先にケンカを売ってきたのは不良の方で、俺はそれを買っただけだったのだが、そんな申し開きは社会では通用しない事を俺は思い知らされることになる。俺が無傷で相手が全治1ヶ月の怪我ということで、俺が一方的に暴行を加えたという事になってしまったのだ。

 示談の成立で、刑事事件にはならなかったが、初出場を控えていた国体は、学校が責任をとる形で辞退になり、若いボクサーの卵を育てることを楽しみにしていたボランティアの爺さんは、トレーナーを辞めることになってしまった。

 部室に深々と頭を下げ、詫びながら出てゆく爺さんの後姿を見たとき、俺は俺のしでかした事の重大さに震えた。

 爺さんは俺を責めなかった。卒業前に高校生活の最後に念願の国体に出ることになっていた先輩も俺を責めなかった。部員も俺を責めなかった。

 誰も俺を責めなかったが、誰も許すとは言ってくれなかった。いっそのこと、罵られてブン殴られた方が気が楽だっただろう。

 俺の居場所が消えてしまっていた。自分の「傲慢」が自分の居場所と可能性を消したのだ。

 俺は学校も休みがちとなり、ついには退学してしまう。まるで絵に描いたような自業自得だった。

 当時の俺は、家の中にいても居心地が悪く、やることもないのでゲームセンターや盛り場をうろつく野良犬になっていた。

 心が荒んでしまっていたのでケンカもした。ケンカでは負けたことがなった。俺を破滅させたのが不良だったので、叩き込む拳に憎悪が籠っていたと思う。完全に八つ当たりだ。女々しいヒステリーと同じだ。俺は、頭の隅ではそのことに気が付いていながら、ひぃひぃと相手が泣き喚くまで殴るのをやめなった。 

 殴っている間だけは、鬱屈を忘れることが出来たから。殴るのが止まらない。俺はいつか相手を殴り殺しちまうなぁと思いながら、それでもケンカはやめなかった。

 俺は、ふらふらと盛り場をうろついてはケンカ相手を探す、不毛な時間を1年半も続けていた。

「いつか、刺されて死ぬ」

 そんなことをふと思ったりもしたが、それで死ぬならそれでもいいと、捨て鉢な事を考えていた。

 ナイフを出されたこともあった。それでも俺はかすり傷一つつかない。刃物を恐れていないから、筋肉が強張らず、その結果ボクシングのトレーニング通りに体が動き、素人の刃は俺に届かなかったのだろう。1年半、まるで生きる努力をしなかったことが逆に俺を生かすことになったのは皮肉としか言いようがない。

 そんな生活を続けていたある日の事だ。俺は、いつも通り裏路地で肩がぶつかったとかそんなくだらないことで険悪な雰囲気になった男をアッパー気味のボディで沈め、ボコボコに殴りまわしていると、背後から声をかけられた。

 「それくらいにしとけ。殺す気か?」

 その日、俺は気が立っていた。今となっては、その理由など思い出せない。どうせ、くだらないことだろう。それに、俺は同年代の男よりよっぽど憤怒の衝動を抑える術を知らないガキだったのだ。

 「あ? なんだてめぇ」

 半ば意識が飛んでいる不良を蹴り飛ばして、声の主の方を俺は振り返ったのだが、それが大東さんとの出会いだった。


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