醜い私の子
SF:サイエンス・フィクション。空想科学小説です。
我が子をひと目見て、思わず眉をひそめてしまった私。
こんな子が私の子なの? こんなに醜い姿の子が産まれるなんて信じられない。
こんな事を思う私は、母親失格かもしれない。でも、愛するあの人に全然似ていないんだもの。明らかにこの子は他の子に比べて見劣りしていた。想像していた私たちの子供とはかけ離れた醜い顔、姿をしていた。
嫌だ、どうしよう。私はこんな子を愛さなきゃいけないの? きっと兄弟にいじめられる。ご近所さん達からも噂の種にされるのに決まってるわ。それに私だって・・・・・・。あの人が私を疑ったら困る。浮気なんてしたことないのに、俺に似ていないって言われたら、返す言葉もない。
私はしばらくその子を見つめて思案していた。そう、実際の問題は母親の私がこの子を愛せるかどうか。愛せたら、私はこの子を一生庇って生きていく。
再び、じっとその子を見た。なんとも言えないいい匂いがしている。こみ上げてくる唾をゴクリと飲み込んだ。
うまそう・・・・・・。
まっ、私ったら、なんてこと考えるのかしら。でも、食べちゃいたいくらいかわいいみたいなこと、世間でも言うわよね。この子はかわいくはないんだけど。
私は、我が子を見つめて、再び、ゴクリと喉を鳴らした。
あの人がこの子を見たら、なんていうかしら。たぶん、あからさまにがっかりするかもしれない。そんな顔、見たくない。
なら、いっそのこと、今のうちに食べてしまった方がいいのかも・・・・・・。
あれこれ考えていると、その子は私の心を読んだかのように、怯えた顔で割れた卵の殻から逃げ出していた。
その子が殻から飛び出た瞬間、驚いたことにその体は急に大きくなった。そして足早に走って行ってしまった。
追いかけようにも私は腰が抜けたようになってしまい、食べそこなった我が子の逃げる姿をただ、見ていた。
ちくしょうっ。
悪態をつく。あの匂いは結構ジューシーな肉だろう。惜しい獲物を逃した気分だ。
まあいいわ。
私は他の卵から顔を出している子供たちを見ていた。
他の子は私達によく似て、切れ長の竜盤目、耳元まで裂けた大きな口、それにこんなに小さいのに、もうその指にはかわいらしい鉤爪まで付いていた。
今を見つめることが大切よね。もう私はさっきの醜い子のことは念頭になかった。ただ、さっきの我が子が他の誰かの餌になることがちょっと悔しかっただけ。
人が時間旅行できる時代となっていた。
わが社はタイムマシンを製造している下請け企業だ。今、白亜紀の恐竜ブームで、親会社は旅行会社と組んで、恐竜見学ツアーを実施していた。
しかし、その団体用のタイムマシンは一度に三十人しか乗せられず、その安全のため、かなり遠方からしか恐竜を見ることができなかった。
客からの要望で、もっと近くで見られる、大勢ではなく個人が気軽に楽しめる小さなタイムマシンを作ることはできないかと親会社が言ってきていた。
それが成功すれば、成金どもはこぞって行くだろうし、親会社との合併も約束されていた。
それでわが社は、一人用のマシンを製作していた。今、その試運転の真っ最中だった。
その名は「時間の卵」だ。
卵型タイムマシンで、その大きさはダチョウの卵大。平均的な恐竜の卵の大きさだろう。それに触れさえすれば、体がちいさくなる。しかもそれに乗って、エアカーのように運転操作もできるのだ。タイムマシン自体もかなり頑丈で、例え恐竜に踏まれてもつぶれないようになっている。
恐竜の巣の付近を狙って着地させることができ、本物の殻が割るように開くし、半径一メートル以内の動く物体と同じ姿に見えるように、特殊な3D映像が働くシステムになっていた。
それらが順調に機能していれば、快適で楽しい恐竜見物ができるはずだった。もううちの会社では親会社との合併に向けて、二人用、家族用の卵型マシンまで企画されていた。
「部長っ、勘弁してくださいよっ。なんなんですか、これは。ハンドルは重いし、画像が小さすぎて着地地点が定まりませんでした。おかげでティラノサウルスの巣のど真ん中に不時着しちゃったじゃないですかっ」
うちの営業マン、佐藤がモニターから怒鳴っていた。あまりの声の大きさに、思わずボリュームを下げていた。
「卵は勝手に開くし、それに同類映像、働きませんでしたよっ。ったく、どうなってるんですかっ。母親恐竜には最初から不審な目で見られたし、そのうちに涎が滝のように落ちてきて、食べられそうになりました」
私は思わず顔をしかめる。聞こえない。今度はボリュームを絞りすぎたみたいだ。これではまるで口パククイズみたいになっている。なんて言ってるでしょうか、って感じで。しかし、佐藤の手前、全部聞いているふりをした。仕方がない、もう少しボリュームを上げた。
「部長っ、慌てて卵から飛び出したんで、マシンの回収できませんでした。どうしよう。なんとかしてくださいよぉ。このままじゃ、帰れない」
それを聞いて、そのマシンにうちの会社がいくら費やしたと思ってんだ、と心の中で毒づく。
佐藤はもうモニターの向こうで泣きべそをかいていた。
「もう、こんな会社、やめてやるぅ」
そして、急にプッツンと画像が途切れた。
私は暗くなったモニター画面を見つめていた。
「携帯モニターの電池も案外、長持ちしなかったな。これも改良すべきだ」
私は、佐藤が命がけで指摘してくれた問題点をメモっていた。これらは全部、メカ開発部に苦情申し立てをしておく。佐藤の努力は無にはしないぞ、ともう繋がらないモニターに向かってつぶやいていた。
クジ運の悪かった愛しい私の部下、佐藤。次の団体恐竜ツアーがそっちに行くまでどうか無事でいてくれよ、と願うしかなかった。
「あ、佐藤はさっき、会社をやめるって言ってたな。じゃあ、退職届を代りに出しておいてあげよう」
そうつぶやいて、私はペンをとった。