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8.始まりの合図が聞こえました

私は相当顔を白くさせていたのかもしれない。

紅茶の乗ったワゴンなんてそっちのけで、私はルイセアス様を押し退けてラミナス様の私室に押し入った。

周りは止めるよりも先に驚いて、私を止めようとはしなかった。

だって本当に頭が真っ白だったんだ。

真っ白なりにもフル回転させた結果が、この行動だったんだと思う。

あぁどうしようとか何が起きたんだとか、そんなことよりも、ラミナス様の名前を何度も何度も心の中で唱えていた。

気付けば肩で息をしながら、話の当事者を前にしていた。


「あ、アリス……?」


驚いてぽかんとするその顔が、不思議そうに私の名前を呼んだ。

ラミナス様と向かい合うようにして座っているのは白衣を着たドクターで、ドクターも同じような顔をこちらに向けていた。

その二人の手元を見ると、ドクターがラミナス様の左手に包帯を巻いている途中だということがわかる。


「流血って……」

「あぁ、ちょっと指を切ってしまってね」


さも何事もなかったかのようにラミナス様はさらりと言ってのけた。

流血って言うから……。

流血事件ってみんなが騒いでたから……。

私はもう、どうしていいか……。

なぜだか無性にムシャクシャして、それと同じぐらい目頭が熱くなった。

どうしてこんなに私のペースを掻き乱すのが上手なの?


「ぼ、僕の過ちです……」


か細い青年の声に振り返ると、扉の近くに騎士の格好をした青年が真っ白な顔を俯けていた。

頭にまで血が行っていないことが、ここからでもよくわかる。

きっと私よりも白い顔をしているはずだ。

この世の終わりとでも言われた顔で今にも倒れそうな騎士の青年は、萎縮した様子で背中を丸めていた。

声を掛けられるまで彼の存在に気付かなかった。


「僕が過ってラミナス皇子の手を切ってしまったのです……。僕が……」

「だからそれは違うと言っているだろう、ゲーテス。俺が真剣で打ち合いしようと、断るゲーテスを無理に誘って打ち合ったんだ。ゲーテスが悪いんじゃない」

「………」


どこかうんざりしたように言うラミナス様を見ると、このやり取りを何度か繰り返したことが伺える。

それでもゲーテスという青年騎士は顔色を変えることはなかった。

私は少しだけ冷静になった頭で、ゲーテスという青年の気持ちも察することができた。

いくら自分のせいでないと当事者に言われたところで、その気持ちが簡単に拭えるわけはない。

またその相手が一国の皇子となれば、なおのこと。

ゲーテスの顔色が戻ることは、恐らくはしばらく先になるだろう。


ドクターが処置を終えると、ラミナス様は礼を述べて退室を促した。

ドクターはそれに素直に従い、青白い顔のゲーテスを支えるようにして退室していった。

これからドクターはゲーテスの心のケアを行うのだろう。

身体から心まで、ドクターの仕事は幅広いので、本当に頭が上がらない。


「アリス」


だんだんと冷静になってくると、自分が頭が真っ白な状態で何をしたのか理解できてしまった。

無我夢中でこの私室に飛び込み、泣きたいほどの衝動に駆られながらラミナス様を求めていた。

穴があったら飛び込みたい……。

あぁ、何も考えたくない悟られたくない聞かれたくない!

願わないとは分かっていても、神にすがっていたい気分だ。

頼むから何も言ってくれるな。


「俺のことを心配してくれたんだね、アリス」


ラミナス様は音もなく立ち上がり、ゆっくりと私に近付いて来ることが気配でわかった。

目を合わせたくないので表情はわからないが、想像するに面白がって笑ってるに違いない。


「まったく、アリスったらツンデレだな」

「意味がわかりません」

「そんなに俺のことが好きだったんだね」

「妄想はやめてくださいませ」


認めてたまるか。

なんで私が顔だけ皇子にそんな感情を抱くっていうんだ!

ないないない!

ありえない!


「……そんなに青くなって否定しなくてもいいだろう」

「………」


私はぶれたくない。

私はいつでも私らしくありたいんだ。

好き、なんかじゃない。

ただ……。


「まぁ今回はいいということにしよう。心配かけたね、アリス」


ラミナス様はそっと私の頭を撫でながら、未だに顔を上げない私をクスクスと笑った。

好きなんかじゃない。

私はただ、ただあなたが主であり、主として大切なだけ。

そう、大切なだけ……。




*****




武道大会は大層な賑わいを見せていた。

それもそのはず、この大会は大まかに貴族観覧席と一般観覧席が用意されている。

貴族観覧席は指定なのでまだしも、一般観覧席は立ち見の自由席なため早朝から前で見ようと、長蛇の列ができてしまうのだ。

ハロルドと共に観戦をしに20分前からやって来た私でさえ、すでに存在していた会場の熱っぽさに圧倒されていた。

今日の仕事は急遽休みになった。

本当はラミナス様の身なりの手伝いをするはずだったのだが、『アリスには何の気兼ねもなく観戦してほしいから』とのラミナス様の計らいにより、休みとなったのだ。

ならばと観戦に来たがっていた弟を引き連れて、これまたラミナス様の計らいにより、隅の一番前という目立たない且つ見やすい場所を陣取って応援もとい、観戦しに来たわけだ。

騎士が二人もいるカルノリア家が最前列にいても、それほど不思議がられることはないだろう。


既に一般観覧席は平民によって超満員で、もう試合が始まっているかのように歓声が響いている。

私と同じように会場に圧倒されたようなハロルドは、言葉もなく口をポカンとあけて会場中心、試合場を見つめていた。


「ハロルド、怖いの?」

「怖いんじゃなくて……」

「なくて?」

「すごいなって」


ハロルドは呆然と試合場を眺めているが、まだ試合は始まっていない。

何をそんな熱心に見ているのかとハロルドの視線の先を確認してみても、特におかしな形跡はない。


「まだ何も始まってないわよ?」

「何も始まってないのに、こんなにいっぱいの人が集まってるんだよ。すごいよ!」


ハロルドの興奮はそのまま会場の熱に溶けていった。

幼いとはいえ、ハロルドも男の子だ。

騎士なるものに憧れを抱くのも仕方がないかもしれない。

私としてはメルダ兄さんのような危険の少ない役職に着いてほしいのだが、まぁハロルドが働くにしてもまだ先の話だろう。


「あっ!」


ハロルドの驚きの声で、また試合場に視線を落とした。

同時に会場の歓声は更に大きくなる。

試合場の中心に姿を現したのは、本日の目玉といえる人物と数人の騎士だ。

白馬の騎士とでも表現できるかもしれない。

一際輝いて見えるその人は、銃を高々と持ち上げた。


一発。

赤い煙を放ちながら銃声が会場中を包んだ。

始まりの合図だ。


歓声と黄色い声で埋め尽くされた会場の中心で、ラミナス様が私を見た気がした。

がんばれ、と口には出せないけれど、目だけで伝えた。

ラミナス様なら、きっと伝わるだろうから。

お久し振りで申し訳ありませんでした。


武道大会やっと始まりました!

ヴァンパイア皇子はどこまで勝ち進めるでしょうか?


お読みいただき、ありがとうございました。

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