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7.何事も突然が世の常でございます

メルダ兄さんに言わせると、私は「気持ちの真っ直ぐな女の子」なのだそうだ。

確かに自分で自分が反れているとは思わないが、兄さんに言われると(他人に言われてもだが)照れ臭いものがある。

普段誉められないだけに、誉められ慣れてない私は素直に受け止めることはできない訳だが、やはり誉められれば嬉しい。

しかし最近は少し変わってきた。


「アリスは気持ちの固い女の子だね」

「……誉めてるの、誉めてないの」

「もちろん誉めてるんだよ。まぁ素直じゃないところはもったいないけどね」


何がよ、とツンと顔を反らすと、メルダ兄さんはクスクス笑った。

そのついでのように、ワゴンの上にある白いお皿に乗った甘さ控えめのクッキーを口の中に放り込んだ。

一口サイズのそれは、あっという間にメルダ兄さんの咽頭を通り抜けた。


「メルダ兄さん!」

「うん、おいしい」


当たり前だ。

私が様々な御菓子屋から取り寄せて、わざわざ味見をして、ラミナス様の好みに合わせてチョイスしているんだ。

そのせいで舌が肥えてきている気がする。

というのも、自分の邸で食べる午後の菓子に魅力が薄れてきてしまっているのだ。

うちのだって、それなりの銘菓を取り寄せているのだが……。


「これがぜーんぶラミナス皇子のため、だものね。一枚ぐらいなんてことないでしょ」

「……変な勘繰りやめてよね。ラミナス様にしてることは全部仕事なんだから」

「はいはい。お兄さん的にはその方が嬉しいよ」


もう一枚、とクッキーに伸ばされたメルダ兄さんの手をパチリと叩き落とした。

散々ラミナス様のことを思っていても、これも仕事なのだから無下にはできない。

メルダ兄さんは「ありゃりゃ」と言葉を漏らし、不機嫌顔の私ににっこりと微笑んだ。


「今度の武道大会、ラミナス皇子が参加するそうだね」

「……そうね」

「アリスは知っているかい?ラミナス皇子は実は努力家だってこと」

「え?」


『努力家』

ラミナス様には似合わないような単語のような気がする。

悪口ではなく、努力なんかしなくても、あの地位と権力と美貌さえあれば何でも手に入るはずだ。

どの分野に対して努力が必要なのかも分からない。

ただその言葉を否定できないのは、最近のラミナス様の生活を他の誰よりも理解しているからだ。

ラミナス様は元々公務に忙しい方だった。

その合間を縫って午後のティータイムをしていたことも、薄々ながら気付いてはいたのだ。

しかし武道大会に参加すると決めたその次の日から、いつもよりも一時間も早く起きて剣の練習、公務の忙しい中の少しの空いた時間に剣の練習、寝る前に剣の練習……。

そこまでして優勝したいのかと言いたくなる日もあるのだが、頑張っている人に向かってそう言うのも流石に気が引ける。


「……なぜメルダ兄さんがそんなこと知ってるの?」

「知ってるさ。なんてったって俺はラミナス皇子の……」

「メルダ兄さん!」


突然の呼び声に、私とメルダ兄さんの視線はそちらに向く。

足早に近付いてきたのは我が家の末っ子ハロルドだ。

満12歳のハロルドは同じ年代の子供の平均よりも低い身長と体重で、それでも一生懸命にその小さな足でこちらに向かってきていた。


「ハロルド?」

「あ、姉さま!よかった、姉さまに会えて!」


そして同じ年代の平均よりも幼いと思う。

私を視界に捉えたハロルドは我先にと走り出し、あっという間に私の胸に飛び込んできた。

それを何の抵抗もせず受け止める私も、きっとハロルドを幼いままにしてしまっている1人だ。

だってかわいいんだ、仕方がない。

抱き締めついでに少し青みがかった短い艶々の髪を撫でると、ハロルドはニコニコしながら顔をあげた。

かわいい………!


「ハロルド、どうして城にいるの?」

「メルダ兄さんにお願いして連れてきてもらったの。僕来年から王立アカデミーに通うでしょ?見学に来たくて」

「ていうのは建前で、アリスが心配で来たんだよ」

「め、メルダ兄さんっ!秘密って言ったのに……」


心配、とは聞かずもがなラミナス皇子のことに違いない。

それを末っ子のハロルドにまで心配されるとは、ラミナス皇子とは本当に悪魔のような人な気がしてきてしまう。

それよりも何よりも、私を心配して城に来てしまうハロルドが本当にいじらしい。


「ありがとう、ハロルド。でも心配なことなんてないわよ?」

「ち、違うったら……。見学に来ただけだもん」


そう言いながら、不貞腐れたような照れ隠しのような顔を、また私の胸に押し付けた。

もうどうしようもなく甘やかしたくなる。

我が弟ながら、将来これに世の女性が泣かされることになるだろうと薄々思った。

そんな私たちの横でメルダ兄さんがクスクスと笑った。


「ハロルドはアリスに甘えん坊さんだね。そんなアリスもハロルドには素直なんだから」

「……何が言いたいの、メルダ兄さん」

「ラミナス皇子の肩を持つ訳じゃないけど、少しは認めてあげたら?と言いたくてね」

「えっ?」


何がと私が聞く前に、メルダ兄さんはハロルドに声を掛けてさっさと話を打ち切った。

意味深な言葉だけを残して行こうとするなんて、少し酷いと思う。

ハロルドは素直に私から身を離し、メルダ兄さんの横に並んだ。

二人は私ににっこりと笑い掛け、そのまま何も言わずに行ってしまいそうだったので、慌ててメルダ兄さんを呼び止めた。


「メルダ兄さん!」

「これ以上ヒントはあげられない。まだアリスをカルノリア家から手離す気はないからね」


メルダ兄さんは本当にそれだけ言って、ハロルドを引き連れて去っていった。

カルノリア家から手離す気はないって、どういうことなんだろう?

流れ的にラミナス皇子絡みなことだとは思うが……。

それよりも、認めてあげなさい、だ。

こちらはラミナス皇子の努力のことで間違いないだろう。

気持ちが固くて素直じゃない。

まさしくその通りなのかもしれない。

努力している人に「頑張っていますね」と言うことの何がいけないんだ。

そう、その一言だけでいい。

それも良き侍女の務めだ。

認めてあげることもできないだなんて、どうしてそうなってしまったのだろう……。



*****



メルダ兄さんによって一枚減ってしまったクッキーとカモミールティーを持って、ラミナス皇子の部屋へと向かった。

しかし部屋に近付けば近付くほど人だかりができるし、ざわついている。

なんだなんだと不思議に思いながら、自然と足は早く動いていた。

嫌な予感というのだろうか、虫の知らせとでもいうのか。

なんだろう、この胸のモヤモヤ。


「あ、ルイセアス様!」


私室の前にはもっともっと人が多く、こんなに騒がしくなっていることに気付かなかった自分が恨めしく感じた。

そこに知っている顔を見つけて、そんなに親しくもないが声を掛けてしまった。

声に気付いたルイセアス様は、忙しなく私に近付いて来てくれた。

その顔が以前とは違う険しい顔をしているので、余計に不安が募った。


「あの、何かあったのですか?その、ラミナス様の身に何か……」

「ちょっと流血事件がな……」

「流血!?」


その瞬間、頭が真っ白になった。




久し振りの更新申し訳ありませんでした。

待っていた読者様、お待たせしました!


末っ子登場ですっ

ハロルド大好きですっ

作者ハロルドが一番好き。

愛してやってください。


そしてまさかの流血事件!

どうしたラミナス皇子!?


お読みいただき、ありがとうございました。

そして良いお年をお過ごしくださいませ。


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