5.やはり皇子様はヴァンパイアでした
騎士として城に住み込みで働いている兄たちが久しぶりに帰ってきた。
アラク兄さんは無表情に、アレク兄さんはニヤニヤしながら、二人とも帰宅直後に私を見つめた。
「……お帰りなさい、アレク兄さん、アラク兄さん」
何を言いたいのか、おおよその見当はついてる。
しかし私としては触れられたくない話ナンバーワンだ。
特にアレク兄さんには面白がられるに違いない。
カルノリア家の二番目と三番目の兄は一卵性の双子だ。
顔は本当に瓜二つで、黙っていたら普通には区別はつかないのではと思うほど二人は似ている。
しかし見た目と性格は必ずしも比例して似るとは限らない。
先に産まれたアラク兄さんは、物静かで、冷静沈着、それでいて面倒見がいい。
あまり表情が変わらないので人に怖い印象を与えるのが玉に傷だが、それさえ乗り気ってしまえば本当にいい人だと言えるはずだ。
アラク兄さんより3分あとに産まれたアレク兄さんは、面白いこと大好き、やんちゃやり放題、トラブルメーカー。
それでも何をしても憎めないのは、アレク兄さんが人懐っこくて本当は優しいのだということを皆が知っているからだ。
顔も良くて性格もいいなんて、顔も性格も並みの私からしたら、ただズルいとしか言いようがない。
太刀打ちどころか、同じ土俵にも立てないと思う。
「アリス、ラミナス様の侍女になったんだってなぁ」
そら来た!
だから嫌なんだ……。
アレク兄さんはずずいっと私に歩み寄り、ニヤニヤと笑みを携えながら言った。
近付かれた分十分に離れると、アレク兄さんは少し不満そうに頬を膨らませた。
いくつだ!
「なったけど?それがなに?」
「それがなに?じゃねぇだろお、なぁ!?大問題じゃん!あの!ラミナス皇子だよ!?」
「何よ。別に普通でしょ?皇子の侍女なんて名誉なことじゃない」
「そうだよなぁ。名誉なことだよなぁ。尊敬するなぁ。あのラミナス皇子だもんなぁ。あの!ラミナス皇子……」
「だから何よ!?」
私が声を荒げると、それを待ってましたと言わんばかりにアレク兄さんはまた笑いだした。
ムッとして睨み付けるが、アレク兄さんはどこ吹く風。
そんなアレク兄さんをアラク兄さんが首根っこを掴み、ぐいっと後方に引っ張った。
アレク兄さんは「ぐえっ」と苦しそうな声を上げたが、アラク兄さんはやはり無表情のままだ。
「大丈夫なのか?」
たった一言なのに、その一言にすべてが詰まっている。
アラク兄さんの問い掛けは逃げ場を与えてくれないので困る。
いつの間にかアレク兄さんもアラク兄さんの後ろで真剣な顔をこちらに向けていた。
邸の玄関でなんて話をしているんだ……。
何だかんだで妹の心配をしてくれるこの双子の兄たちを、やはり優しいのだと思う。
「大丈夫。特に何事もなく淡々と仕事できてるしね」
嘘をついてない……、とは言えない。
でもここで兄さんたちに昨日の話をしてどうかなる?
「君を落とすことに決めた」なんて言われただなんて、恥ずかしくてとてもとても人には言えないじゃない。
……君を落とす……。
と、とんでもないことを言われたんじゃないか……?
落とすって、気持ちのことだよね?
あれ……?あれれ?
やっ……!落とすって……、えぇ!?
「……何かあったのか」
「……何かあったんだな」
「な、何もないから!」
なぜさっきまで気付かなかったのだろう?
よくよく考えてみれば(よく考えなくても?)、相当なことを言われている。
いや、もっとよく考えてみよう。
あの人にとっては恋愛なんかゲームにすぎないんだ。
だから深く受け止めなくていいと思う。
そうだ、絶対そうだ。
ラミナス様にとってはゲーム。
私はゲームの道具だ。
……あぁ、最悪だ。
最悪だ、あんなエセ皇子!
「……今度は怒り出したぞ」
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫!何もないし、今後も何もないから!」
「「………」」
あぁ、イライラする!
誰があんな皇子に落とされてやるもんかっ。
*****
早くお役御免にならないかな、と心の中で何度となく唱えながら、私はラミナス様の職務室で紅茶を淹れている。
あれ以来ラミナス様は職務室での紅茶を気に入ったのか、毎日頼むようになった。
「今日はアプリコットだね。アリスが俺のために淹れてくれたのか」
「仕事ですから」という言葉を飲み込んで、「はぁ」と気のない返答をしておいた。
何が面白かったのか、ラミナス様はくっと喉を震わせながら笑った。
いちいち可笑しな言い回しを侍女なんかにして、この人は疲れないんだろうか……。
「アリスは毎日違う紅茶を淹れてくれるが、俺は最近もっと飲みたいモノがあるんだ。なんだかわかる?」
カップに口をつけ、その口でこんなことを言う。
主のニーズを満たすことが侍女の役目ではあるが、いかんせん、この主とは極力関わりたくない。
それ故に興味も湧かない……、というより、これ以上知りたくない。
興味が湧いてしまっては、私の負けの決定だ。
「……さぁ、なんでしょうか。見当もつきません」
すると、ラミナス様はまたクスクスと笑った。
本当に綺麗だと思う。
思わず見とれてしまいそうだと思ったので、慌てて手元に視線を落とし、ポットを無駄にいじった。
「アリスの血」
「………は?」
「意中の女性の血は、そりゃもう大変に美味らしいからね。至福の一時を得ることもできるって言うし。だから、ね?」
意味を理解できぬまま私は固まり、ラミナス様はやはり面白そうに笑った。
理解した途端、真っ赤になるどころか真っ青になった。
何言ってるんだ、この皇子様は?
意中の女性、大変に美味、至福の一時?
今のこの状況から最もかけ離れている単語たちである。
私は倒れる前に、たっぷり、たーっぷり時間をかけて、
「紅茶を淹れ直してまいります」
とだけ口に出して、猛ダッシュでラミナス様の職務室を飛び出した。
下手な言い訳をしたと気付いたのは、少し落ち着いてからだった。
紅茶のポットやカップが乗ったワゴンを、そっくりそのまま職務室に置いてきぼりにしてしまっていたのだ。
しかも直前まで手に持っていたポットを、ご丁寧にワゴンの上に戻した状態で。
双子の兄登場です。
名前が紛らわしくてすみません。
そしてなんだか、甘い感じにもなりません。
いやいや、それはこれからなので……。
駄文とは重々承知しておりますが、どうぞ今後も宜しくお願い致します。
お読みいただき、ありがとうございました。