3.挨拶をしましょう
「アマリリス・カルノリアと申します。新しくラミナス様付きの侍女として働かせていただきますので、よろしくお願い致します」
ラミナス様の私室に足を踏み入れての第一声はそれだった。
ラミナス様は特に興味がなさそうに、あるいは眠たそうに、あくびをしながら「あ、そーなの?」と言いたげに私をチラリと見た。
私に向けられた視線は本当に一瞬で、次の瞬間には手を広げておもいっきり伸びをしている。
まだ天窓付きのベッドの中にいるのだし、起床してすぐだということも分かるが、いくらなんでも興味がなさすぎではないか?
まぁ、変に持たれるよりはマシなんだけど……。
ラミナス様を生で初めて見たが、噂に違わぬ美貌の持ち主だと思った。
毎日あの美形な兄弟に囲まれている私でさえ、目を見張るものがある。
金髪の短めの髪、切れ長の深紅の瞳、高い身長、逞しい肢体。
どれを取っても誰にも曳けをとらない美しさがある。
また美しいだけでなく、オーラがあるのだ。
現に伸びをするたったそれだけの動きも、洗練されているような、とても画になる姿である。
貴婦人なんかは、それだけで熱い吐息を漏らしてしまうのだろう。
もちろん私も吐息ぐらいは漏らしそうではあったが、ザスティン様のあの懇願があっての現在の立場だ。
綺麗だ何だと言っている場合ではないのが現状で。
私は手早く朝の身支度に取りかかった。
王室でも領主の家でも結局やることは同じだ。
「随分手際がいいんだな……」
感心しているんだか呆れているんだか、どちらとも取れるような口調でラミナス様は小さく呟いた。
未だベッドから出てこようとしない主を横目に、私はワゴンから湯の入った洗面器を手に取った。
「お褒めに預かり光栄です」
自分の口からあまりにも感情の籠らない言葉が出てきて、言った自分でも驚いた。
改めて自分は正直な人間なのだと自覚する。
洗面器をベッドの中にいるラミナス様の膝の上に乗せると、ラミナス様は窺うように私を見つめた。
「名前、なんだっけ?」
「アマリリスと申します、ラミナス様」
「ふーん……」
アマリリスなど、あまり何度も名乗りたくい名前である。
美人であれば何の問題もなかった。
父親も母親も、他の兄弟と同じように私が美形になると信じていたから、アマリリスなどと名付けられたのだ。
成長してみれば、なぜだか娘だけが名前負けの子供になってしまったわけだが……。
と、次の瞬間、かなりの至近距離に美貌と詠われるラミナス様の顔が現れた。
奇声を上げるところを寸でで抑え、少しだけ後ずさる。
ラミナス様は怪訝そうな顔をこちらに向けていた。
「なんかさ、態度悪くない?」
ドキリというよりも、ギクリという効果音がどこからか聞こえてきそうだった。
ズバリ、図星である。
当然、頼まれたとはいえ嫌々引き受けた仕事を、ハツラツとこなせるわけがない。
だからと言って皇子にこのような態度は、流石に不味かった……。
すみません、と口に出そうとラミナス様を改めて見ると、いつの間にか地に足を付けてこちらを見つめている。
心なしか先ほどからお顔が近い気がするのですが……?
「俺のことキライなの?」
「そ、そんなことは……」
ない、とは言い切らないあたり、本当に自分は素直な性格である。
キライというよりも、好きかキライかもわからない。
それほどラミナス様に興味を持ったことがなかったし、持つきっかけもなかった。
まさかこのような形でお近づきになるとは、皆目見当もつかなかったが……。
「なるほど。ザスティンも考えたな」
ラミナス様は顎に手をやり、ニヤリと口の端を持ち上げた。
とても美しいとは思うが、美しいだけにニヒルさは普通よりも倍はある。
「元々俺のことがキライな人間なら、俺を誘惑することはないってことか。と言っても、」
その赤い瞳が私を捕らえ、鋭く射ぬかれた感覚に襲われる。
ゾクリと背に冷たいものを感じた。
「俺は受け身なわけじゃないんだけどな」
身の危険を全身で感じたのは、恐らく気のせいではなかったと思う。
あぁ……、やはり自分は間違えてしまったのかもしれない。
兄たちのために体を張るだなんて……。
今更ながらに引き受けたことを後悔している私は、いったいこれからどうなってしまうのだろう……。
早くも多くの方に読んでいただけているようで、とても嬉しいです。
なんとか皆様の期待している楽しいと思えるような物語にしていけるよう、頑張っていきたいと思います。
さて、今回やっとラミナス様を登場させることができました。
いったいどんなことをしてくれるんでしょうね?
お読みいただき、ありがとうございました。