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2.侍女はこうして侍女になるのです

なんで突然こんなところに……。

私はいつものように朝の身支度をして、領主カーター家へと向かおうと家を出ようとした時だ。


「あ、アリス、ちょっと待って」


私の愛称で私を呼び止めたのは、一番上の兄だった。

ヴィルギナール城で官吏をしているメルダ兄さんがこの時間まで家にいることは、なかなか珍しいことだ。

ただそのことに関しては深く考えなかった。


「今日は一緒に城に行くよ。カーター家にはもう話は通っているから」


にっこり微笑みながら、相変わらず突拍子もないことを言う。

ただ産まれてからずっとこの兄を見続けていたのだから、さすがに慣れというものも生まれる。

慣らざる得なかったとも言える。

だから私は渋い顔をメルダ兄さんに向けるだけで止めることができた。


「意味がわからないんだけど……」

「行けばわかるから」


そして今に至る。

私の目の前にいるのは、城の人事についての最高責任者(城の官職のことはよく知らないが)のザスティン様だ。

この時点でなんだかすごくイヤな予感がする。

良い知らせではないことは明らかだ。

ザスティン様はさらっと自己紹介をして、早速だか、と言ってすぐに本題に入った。

まだ戸惑いを隠せない私の横に座るメルダ兄さんは、相変わらずにこにこと微笑みながら黙っている。

ただ横にいるだけで、なんの頼りにもならないじゃない……。


「ラミナス様の噂を聞いたことはあるかな?」


国の一角の領主の家で侍女をしている私が、ラミナス様のことを多く知っているはずはない。

しかしラミナス皇子のことは否応なしに耳に入ってきていた。

なんでも、見境なしに女性と名のつくものは、その美貌という毒牙にかけるとかなんとか……。

その類いの噂は何度となく侍女の間で聞いたことがある。


「単刀直入に言おう。君にラミナス様付きの侍女になってもらいたい」


咄嗟に不満の声が出そうだった。

なぜ自ら獣の元へ行かなければならないのか……。

これでは飛んで火に入る夏の虫。

そんな妹の危機にも関わらず、メルダ兄さんは微笑んだまま黙り続けている。


「……なぜですか?」


唸り声のような低い声が出た。

普通であれば城で働くことは、とても名誉なことである。

それよりも、妹が危険に晒されそうな時にニコニコしている薄情なメルダ兄さんに怒りを覚えた。

その私の鋭い視線に気付いた様子のザスティン様は、少しだけ柔らかい表情を作った。

硬い顔の印象を与えるだけに、少しの表情の変化でだいぶ人に与える印象が変わる人だと思った。


「いや、彼から君のことを聞いたのだよ」

「メルダ兄さんから……?」


益々怒りが沸いてくる。


「君が聞いた噂がどのようなものかは分からないが、ラミナス様はその……、かなりの美貌の持ち主だ」


そんなこと、この国の人間でなくても知っている、というほど当たり前なことだ。

それはラミナス皇子が産まれた時から分かりきっていたことではないか。


「それ故にほとんどの侍女がラミナス様の美貌に敵わず……」


ザスティン様はそこで言葉を切り、顔を曇らせた。

やはり誘惑ではないか……。


「ラミナス様も来るもの拒まず去るもの追わず、な性格だしね」

「それがまた厄介なんだがね……」


クスクスと笑みを溢しながらメルダ兄さんが言った。

それにザスティン様が頭を抱えるようにして深いため息を落とした。


「来るもの……?」


自分から誘っているのでは?

何がなんだかわからなくなってきた。


「そう。そしていろんな人を侍女に付けてみたんだが……。今は二人の侍女を付けているが、年齢も年齢なので、体力的に大変なようでね。やはり若い人の手が必要なのだよ」

「………」

「そんな時に彼から君の話を聞いたんだよ」


ザスティン様が哀れに見えて返す言葉もない。

それにしたって、いったい何を話したんだ、この兄は……。


「なんでも君は実に働き者で、頭も良く、そしてなんと言っても……、美貌に惑わされることのない精神力!!」

「………」


今度は別の意味で言葉を失った。

それは精神力が強いのではなく、産まれた環境によるものだろう。

産まれた時から上からも下からも美形家族の中に身を置いているのだ。

家族の私でさえも躊躇することなく、私以外の兄弟は美形であると宣言できる。

これは決して自慢ではない、真実なのだ。

そのことを受け入れなければ、あの生活などやっていられない。

私だって生真面目な性格と言われるが、普通の女の子だ。

それなりに悩んだ数も人知れずある。

しかし悩んでも解決できることではない。

もうこの顔で産まれてしまったのだ。

そんな悩みを繰り返していたら、歳を重ねていくにつれ、悩んでいることが馬鹿馬鹿しくなった。

完全に吹っ切ったのである。

兄たちのおかげで目の越えてしまった私が、こんなことに役に立つとは思わなかった。


「どうか、頼めないだろうか」


本当は断りたかった。

噂で人を判断したくはないが、火のないところに煙はたたない。

つまり、ラミナス皇子にもなんらかの原因を作る要素を持っているのだと思う。

しかしイヤと言えばメルダ兄さんはどうなる?

メルダ兄さんだけではない。

同じく城で騎士をしているアラク兄さんやアレク兄さんにも泥を塗ることになるのではないか?

城で働く3人の兄さんにとって、私は断れる立場にあるのだろうか?

考え始めたら最後、もう断ることはできなかった。



*****




家に帰るまでの馬車の中で、私と向かい合ったメルダ兄さんは、突然クスクスと笑いだした。

その理由がどう考えても先のことに決まっているので、私は冷めた目線をメルダ兄さんに向けた。

そんなメルダ兄さんにも慣れているし、逆を言えばそんな私にもメルダ兄さんは慣れている。

お互い様なため、お互い特に気にする反応ではない。


「……なに」

「まさかアリスがあんなあっさり引き受けるとは思わなくてね。最悪断るかと思ってたぐらいだし」


誰のために引き受けたと思ってるのだ、まったく……。

と口に出せないあたり、私はまだまだお人好しというところだろうか。

代わりに小さく笑顔を携えてメルダ兄さんを見た。


「城で、しかも皇子に仕えられるなんて、名誉なことじゃありませんか」

「そうだね。確かにその通りだよ。だけど、アリスは自分の名誉のために体を張るような性格じゃないだろう?」

「………」


私の作り笑顔などピシャリと撥ね付けて、自分は更に笑顔を濃くした。

伊達に17年間、私の兄をやってなかったということか。

あまりの図星に恨めしそうに黙っていると、メルダ兄さんはまたクスクスと笑った。


「まぁ理由は何にせよ、アリスにとって損になることはないと思うよ」

「どうして?」

「なんとなく、かな。そんな気がするんだ」


なんとも心許ない返答。

私は呆れにも似た想いでため息を吐き出した。

そんな私の失礼な態度にも動じることはなく、メルダ兄さんが笑顔を崩すことはなかった。


「何はともあれ、頑張るんだよ。アマリリス」


愛称でない私の名を呼びながら、メルダ兄さんは私の肩をぽんと叩いた。

真剣に私のことを想っているのだろうが、どうも他人事のようにも感じられて、私はまた深く息を吐き出したのだった。


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