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21.それを誰と紡ぎたいか

気をつけるように言ったバルトはさらにこうも続けた。


「マリアンヌの話は概ね真実でしょう。しかしエギルの配下を希望したのは別の目的があるはずです」


やけにあっさりと神殿の目的を白状したマリアンヌの様子には確かに違和感があったが、わざわざ魔族に混じるメリットはあるのだろうか。


「別の目的って……」


「あれは精霊王の信者です。たとえば、あなたを聖女として精霊王に捧げようとしている、とか……?」


確かにバルトに聖女と呼ばれているが、それを信じていたとして、ここは魔王城だ。


各階層には管理者を中心に侵入者に立ちはだかる存在がいる。


外と繋がるのは第一層のみ。


しかも城の外も警戒されていて、潜り込んだからといって人質連れで安易に脱出出来るような場所ではない。


無謀、まさにその一言に尽きる。


しかしバルトは妙な沈黙を落とした。


「まさか……え、そうなんですか?」


「さぁ。単純に惹かれるものがあったとするなら、エギルの父親がサラマンダーだからという点でしょうね。あれを魔物という人間もいますが、起原は火の精霊です。マリアンヌは風の精霊の加護を受けているため相性のいい属性同士。ですから懐くのは不自然ではないです……」


歯切れ悪く、どこか無理矢理に理由を探し出したような自論を述べるバルトに対し、新たな疑問が湧き上がる。


「……バルトさんの読みが当たったとして、どうしてマリアンヌさんを招き入れたんですか……」


あえて城に入れる理由が紗希には分からなかったのだ。


するとバルトは紗希に背を向けた。


「あなたを守るためです」


「……私を?」


「狂った信者は拷問があまり効きません。崇拝している対象のために死ぬことも喜びなんですから、自分の為に生きている者とは大違いなんですよ。神官長よりも娘のマリアンヌの方が信心深く、そして癖がある。放っておくと厄介なので俺はあれを排除したい。でもあなたは理由なく殺すと悲しむでしょう?」


訥々と紡がれる言葉は冷たく響き、紗希の顔色を窺うように問う。


「……それは……殺すための理由作りで、この城に?」


口実としか聞こえなかった。


バルトは緩慢とした足取りで執務用の椅子へ腰をかけると、何食わぬ顔で嵩張っていた書類を確認し始めながら言う。


「チャンスを与えただけです。エギルの配下になるという言葉が真実ならそれでいい。違えるなら、裏切者として処罰するだけです」


紗希は理解出来なかった。どうしてそう両極端な行動に出るのか、バルトの思考回路はまるでデスゲームだ。


――画面越しに見ていた悪辣さを、自分は生身で受け止められるのだろうか。


自信などなくて、口から出そうになったのは非難の言葉で、しかしそれは躊躇いが混じる。


「バルトさん……そういう事が平気で出来てしまうのは、人として私は……」


「軽蔑する?」


書類仕事の手を止めたバルトに見透かされたように問われ、重なった視線の先には歪んだ表情があった。


「あなたの世界は酷く生ぬるく、安全なのでしょうね。指輪の価値も飾りでしかないほどに」


「え……」


問題を差し替えるかの如く告げられ紗希は双眸を大きく瞬いた。


「俺なら一度渡した指輪の誓いは死ぬまで違わない」


まるで、かつて婚約が破談になったことを知っているような発言に、ガツンと殴られたような衝撃が走る。


「知ってるの……?もしかして私の記憶か何か覗いた?」


そんなこと出来るわけないとは言い切れない。違うと、バルトの口から聞けることを期待していたが、事もなげに語られたのは紗希の心臓を凍りつかせた。


「えぇ。タカオミには制裁を下しておきました。生かしてますし、身体も殆ど傷つけていないのでご安し……ーー」


「酷い……」


感情が思考のフィルターを通さず出ていた。


「ごめんなさい。ちょっとバルトさんのこと今は無理です。……先に部屋に戻ります」


あまりにも投げつけられた情報が重すぎて、これ以上立っていられなくなった紗希は吐き捨て部屋を出た。


ーー勝手なことをされた。


もう自分の人生に要らないと関わらないと見切りをつけた相手に勝手に手を出され、記憶を盗み見られた。


部屋に戻り寝台に倒れ伏した紗希は、寝転がったまま忙しなく脳裏を駆け巡る。


バルトは紗希が喜ぶとでも思ったのだろうか。自分の常識が通用しない存在に恐怖と落胆と驚きが胸を締めつけてシーツへ顔を押し付ける。


気付くといつの間にかそのまま寝ていたようで、紗希はその後、部屋の扉を叩く音でやっと目覚めた。


「聖女だな?」


ノックの音につられ扉へと近づき、隙間から廊下を覗くと青い髪の少年が居た。


この世界に来た直後に見た少年だった。


「あなたは……」


「レギウスだ。お前のせいで起こされたんだ。少し付き合え」


細い腕が伸びてきて、扉が無理矢理こじ開けられるとレギウスによって軽々と身体が担がれしまう。


「どこへっ……」


レギウスは大人と子供の不安定な体格差をものともせず、紗希の質問に答えることなく呪文を唱え始める。


すると魔族のみ使用可能な城内専用の簡易転移魔法が発動し、気付くと薄暗い怪しい光が灯る広い空間が目の前に広がった。


「ここは……」


最初に目にした時は破壊された大聖堂といった印象であったが、壊れていた支柱なども直っている。


しかし捧げ物をする台座の奥の石像だけは壊れたままで、相変わらず薄暗く青白い灯りしかない。


「あれはお前を召喚した時に使った魔法陣だ」


レギウスが少し先に床にある紋様を指差した。


「バルトレッドからお前を元の世界に返すように言われている」


「え?」


身を疑う言葉に、紗希はレギウスの顔を食い入るように見つめていた。


「意外だったか?」


ぎこちなく頷くと、レギウスは僅かに眉根を寄せたあと溜息を溢す。


「根本的なことを考えれば、お前の安全のためなら元の世界に帰すのが正解だからな」


「……バルトさんがそう言ったんですか?」


俄かに信じがたく、掠れた声で訊ねていた。


ーーあのバルトが?


帰さないと言われ、彼の重い感情を浴び続けてきた紗希には唐突に訪れた解放に理解が追いつかなかった。


「あぁ。無理矢理引き止めるのは止めるそうだ。愛しているから帰すんだと」


レギウスは至極面倒くさそうに言うと、紗希を向いて真剣な瞳で訴えた。


「正直、こんなこと言いたくはないが……バルトレッドを見捨てないでやってくれ」


紗希は無意識のうちに視線を眇める。


意外な人物に意外なことを言われ、目の前にいるのは本当にレギウス本人なのかと疑ったのだ。


するとレギウスは深刻そうに表情を曇らせて俯き、そして手の平を強く握りしめて拳を作ると肩を振るわせ言った。


「僕は、このまま魔王をバルトレッドに続けてもらいたい。せっかく誰にとやかく言われない地位を確保したんだ!」


「はい?」


「僕が何のために魔王になったと思う?ヒマを謳歌するためだぞ!」」


「なんの話ですか……」


唖然として、それから気の抜けた声が出ていた。


「僕は誰にも命令されない地位を得るため魔王になった。そしてエギル達に采配を委ね、各階層の管理者に適当に仕事を任せることにした。幸せだった。だが結果的にバルトレッドに僕は討たれたわけだ」


目の前のレギウスは勝手に力説を重ねている。


ーーこの人、仕事したくないから魔王になったんだ。


次第に紗希の視線は胡乱なものから呆れを孕んだものへ変わっていた。


「復活させられた時には絶望すらしたが、しかしバルトレッドは召喚のために協力するなら他は何も求めないと言ったんだ。分かるか?何もしなくていいと公認されているんだ。僕は今の生活が気に入ってる」


もはやレギウスにとってバルトは自分を倒した憎い相手ではなく、理想の上司と化していたらしい。


「なのにお前が帰ったら僕の生活が崩壊する……復活直後の召喚魔法のせいで僕はかなり弱っているんだ。成体に戻るにも時間がかかる。その間に魔王継承の争いが始まってみろ……僕が玉座に就ける可能は低い」


「あの、継承争いって……私が帰る事と、どんな繋がりが……」


レギウスの自論はかなり飛躍している。


紗希と魔王の継承争いが何故イコールで結ばれるというのか。


理解しかねて問えば、レギウスは舌打ちしたのち声を顰めて言った。


「お前がいないとアイツは十中八九死ぬぞ」


「どうして……ーー」


紗希の言葉は最後まで続かなかった。


唐突に足音と共に弾んだ声が響いたのだ。


「あら、ちょうど良かった!ここにいらっしゃったんですね、聖女様」


そこには何故かマリアンヌの姿があった。


「どうしてここまで来れた?バルトレッドや他の奴らはどうした?人族のお前はこの城じゃ転移不可能だろう」


レギウスが剣呑な眼差しを向けると、マリアンヌは後ろを振り帰って両手を広げる。


「勇者様には内緒です。エギル様の魅了で、こっそり来ているので……」


「魅了……?」


紗希はマリアンヌが絡みついた腕がエギルのものと分かった瞬間、隣に立つレギウスを咄嗟に見遣る。


しかし同時にキーンと耳の奥を突く高音が響き、レギウスは目を見張ったままその場に固まった。


「ふふ。よかった、ちゃんと効いて」


マリアンヌは薄らと笑みを浮かべ、エギルを従えたまま近付いてくる。


エギルは一切言葉を発する様子はない。


「実は精霊が好む雫をミレーヌから奪っておりまして、肌身離さず持っていた甲斐がありました」


「エギルさんは精霊とサキュバスのハーフだから……」


ハッとして紗希は呟いた。


「そうです。雫の力で私の言うこと聞いてもらってます」


にったりと笑うマリアンヌに、ぞくりと背に冷たいものを感じ、紗希は階層の出口を無意識に探した。


バルトが予見していた通りだ。


「聖女様、一緒に来てくれませんか?精霊王の御前に」


「そのことですが……バルトさんにそう呼ばれているだけで、私はこの国の人間じゃないですし、人違いですよ……」


バンシーの遺物と呼ばれるプロットのようなものを思い出し、紗希は無駄と感じながらも頬を引き攣らせ言った。


「なにをおっしゃいますか。私としては予言の聖女の容姿に該当箇所がいくつあるかよりも、誰が何を感じているかだと思うのです。勇者様が存命だった今、はっきりしてますよね」


マリアンヌは双眸を細め陶然と続ける。


「勇者様が愛する女性こそ、真の聖女。セレスティーナ様でなく、あなたが聖女なんですよ」


確かに、ヴァレリア邸で遺物を見た時、“勇者は聖女を愛し守り抜く”とも書かれてあった。


だが、たったその一文だけをマリアンヌは信じるというのか。


「あの破壊された石像が転移魔法陣となっています。さぁ、いらっしゃい。聖女様」


マリアンヌが手招く動作をした直後、突如、強い風が巻き起こった。


渦を作るそれはまるで意志を持っているかのようで身体が吸い寄せられてゆく。


抵抗しようにも足場がなく、うまく力が入らない。まるで空気の牢屋だ。


「少々お待ちくださいね」


猫撫で声で告げるマリアンヌは石像に向かって手を翳した。


散らばっていた石が次々に集まっては自ら元の位置に戻るようにして嵌め込まれ復元されてゆく。


そして彼女は石像の前で跪き、祝詞をあげるように言葉を紡いだ。


すると石像は金色に輝き始めたのだ。

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