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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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渡された剣の使い道

作者: 泡沫
掲載日:2026/07/30



娯楽を求めたものから、堕ちていく。



どれだけ、願っても、その因果からは逃れられない。



残酷な人生。



なんて愚かで、滑稽で、人間らしいんでしょう。






この国では、一本の演劇が爆発的な熱狂を生んでいる。



『王太子と聖女の運命の出会い、悪女に立ち向かいながら愛を育む切ない恋物語』



麗しき王太子と純真な聖女、そして二人を阻む冷酷な「悪役令嬢」


瞬く間に国民の心を掴み、熱狂の渦へと巻き込んでいった。



大衆の娯楽がもたらした影響は、あまりにも残酷だった。


街へ視察に赴けば、かつて慕ってくれていたはずの国民から「あれが悪女か」と、冷ややかな目で見られるようになり、

支援を続けてきた孤児院の訪問すら、押し寄せる噂のせいで自粛せざるを得ない事態にまで陥った。



国のために、未来のためにと、王妃教育を受け、血の滲むような努力を重ねてきた日々は、

たった一本のくだらない芝居によって「悪」へと塗り替えられたのだ。



そんな世間の喧騒を、気にも留めていないのか、それとも目の前の女性にうつつを抜かした結果、世情を知らないのか。


学園の庭園では、婚約者である王太子が聖女と寄り添い合っている。


まるで、世界に二人しかいない恋人のように、甘やかな空気を纏って。


その寄り添い合っている二人を背に、私は今日も王妃としての威厳を保ち、淑女として、立ち振る舞わなければならない。


たとえ、この学園に通う貴族達から、「家柄で選ばれただけの悪女が、ついに寵愛を失った」と、嬉しそうにいい気味だと嘲笑う視線に晒されようとも。


背筋を伸ばし、顎を引き、完璧な仮面を被り続ける。



娯楽に飢え、人の不幸が大好きな貴族社会。

そこでは、どんな些細な噂もすぐに広まり、誰もがそれを貪るように耳にする。 


特に、未来の王妃である私を引き摺り下ろしたい彼女らにとって、その噂は最高の武器だった。


私を深く傷付けたい、惨めな姿を見て笑いたいという明確な悪意のもと、彼女らはわざわざ私の耳にそれを届けに来たのだ。


『王太子殿下と聖女様が、今度の夜会のドレスを選びに、仲睦まじく街へ出かけられたそうですよ』 


私はその悪意に満ちた言葉を聞いても、未来の王妃として、扇で口元を隠しながら、ただ静かにお礼を言い、微笑んだ。


王太子の婚約者としての品格を、一瞬たりとも失うわけにはいかない。




取り乱した私が、貴方達と同じ地平に降りるなど、期待しないでちょうだい?




そして迎えた、運命の夜会の日。



本来であれば、婚約者である彼から、お迎えの馬車が我が家に届いていなければならない時間。


しかし、約束の刻を過ぎても、彼の馬車が私を迎えに現れることはなかった。



私は、今着ていたドレスを静かに脱ぎ捨て、姿見の鏡を冷ややかに見つめた。



『家柄だけの女』


そうおっしゃるのであれば、この仮面を外しましょう。



王妃として最低限に施された化粧を、ゆっくりと丁寧に落としていく。



『王太子の寵愛は聖女にある』


それが事実なら、婚約者の座を降りましょう。



綺麗に飾られた髪飾りを外し、鏡に映るものは、何色にも染まっていない私だけ。



(あなたが望む、私になりましょう)


化粧、ドレス、髪飾り、全てをやり直し、もう一度鏡を見つめる


「さぁ、仮面を外しましょう」


未来の王妃という立場では決して許されない、笑みを浮かべた。



私は、彼がかつて「君の身を護るために」と手渡してくれたお守りを手に、

我が公爵家の家紋が刻まれた馬車へと乗り込んだ。


夜会の会場へと向けて、静かに揺られながら、私の心は驚くほど落ち着いていた。




王宮の夜会会場は、きらびやかな管弦楽の調べに包まれていた。


会場に遅れて現れた私を待っていたのは、ドレスを纏った聖女をエスコートしている王太子の姿。


周りは2人の姿を『お似合い』だと称賛し、本来の婚約者が不在であること、そして聖女だけがエスコートされているという事実に、誰もがその状況を極上の娯楽として消費していた。



――えぇ、わかっているわ


ただ単純な、二人の純愛への絶賛ではないことは。


王太子の失脚を密かに望む者。

王太子に逆らえない者。

王太子の婚約者になった私を嘲笑いたい者。

ただこの状況を娯楽として受け止め楽しんでいる者。


その浅薄で醜い悪意のすべてに気付いている


だから私は、この仮面を外して、

周りが見えず恋に盲目になったお馬鹿な人や、

この状況を利用して私を悪女に仕立て上げた者達に


最高の贈り物を届けてあげる



この会場に流れる音楽が、静かになった瞬間に、一歩踏み出す。


コツンっと会場に靴の音が響く。


そして人々は、遅れてやってきて、静かに入室ではなく、

音を立てて空気を変えた「不躾な侵入者」に注目する。



一番目を惹くのは、純白を想像させる白いドレスだろう。

息を呑むほどに洗練された姿とは、不釣り合いな黒い手袋。


一体この女性は誰だと、ドレスから顔へとゆっくり視線を上げる。


しかしその顔は、黒いベールで隠されていた。


誰か分からない恐怖と、その見た目とは裏腹に、

感心するほどの上品で艷やかな歩き姿、そして圧倒的貫禄。


王妃になるための教育を施された女性の様な、

何とも綺麗で誰もが見惚れるほどの空気を纏わせていた。


この会場にいる誰もが、息を飲んで、優雅に歩く彼女を見つめた。


静寂が広がる空間に響く、靴の音。

静かに踊り場の中心へ歩み、

終わりの鐘が鳴る、その時が刻一刻と迫っていく。



王太子が怪訝そうに聖女を庇い、一歩前に出た。


「……何者だ」


私は答えない。

ただ無言で、王太子に貴族としての礼をする。


そっと指先でスカートの裾を持ち上げ、

ゆっくりと重心を落とし、膝を折る。背筋は美しく伸びたまま、視線だけが滑らかに床へと落とされていく。


それは、幼少期から血の滲むような 教育の果てに身につけた、完璧なるカーテシー。


そして、礼を終えて顔を上げるその一瞬の軌道に合わせ、ドレスの内側から、お守りである短剣をそっと抜き放った。 


それを見た王太子の顔が、驚愕に見開かれる。


完璧な淑女の一礼から一転、剣を取り出した私を警戒し、王太子は背後にいる聖女を庇うように自らの背を押し込む。


強い警戒を全身から放ちながら、その鋭い視線は、私が握っている短剣へと釘付けになった。


王太子は目を見開き


「……ぇっ、?」


と、信じられないものを見たかのように、間の抜けた声を漏らした。

王太子が脳をフル回転させ、既視感のあるこの剣を思い出そうと、記憶を遡る。


どこかで見たことがある。いや、知っているはずだ。この美しい彫刻、そして刃の文様――


『これは君を護るための剣だ、持っていてほしい』


そう言いながら、かつて愛を誓った婚約者に、自らの手で短剣を贈った記憶が鮮烈に蘇る。


気高い彼女の姿。


そして今、完璧なカーテシーの直後に短剣を抜いた目の前の不審な人物。


二つの影が脳内で重なった瞬間、王太子の顔から血の気が完全に引いていく。


「まさか……お前、なのか……?」


庇われている聖女の存在すら忘れたかのように、王太子は愕然としたまま、呆然と黒いベールで隠された顔を見つめる。


脳が理解したときには、もうすでに彼女は短剣を身体に刺し、ゆっくりと倒れていく。


それはスローモーションのようにゆっくりと、白いドレスが赤いドレスに変わっていく。


倒れる衝撃でふわりと黒いベールが浮かび上がる。


そこに現れたのは、泣き顔でも恨みの表情でもない。

ただ静かに目を瞑り、婚約者、未来の王妃という仮面を外し、


(ねぇ、今貴方どんな顔してる?)

心の中で、そう静かに問いかける


復讐を成し遂げ微笑む一人の女性の姿だった。



意識が急速に遠のいていく


視界は完全に真っ暗になり、もう誰の顔も見ることは叶わない


けれど、最後に残った私の耳に、世界が悲鳴を響かせた。


――キャアアアアアアアアッ!!!


会場中を包み込む、割れんばかりの悲鳴。 


それはまるで、私の代わりに上げてくれた「叫び」のようだった


私が去った後、王太子と聖女はどういう目で世間から見られるのか。

あの未熟な聖女が王妃の重圧に耐えられるか。


私には分からないけれどきっと私以上にできるはずよね?

国民や貴族、そして何より王太子であるあなたが望んだ聖女なのだから。


もしそうならなかったら、

……今までのこと、一生後悔して、私という亡霊に怯えながら生きていくといいわ。


さようなら。

私の愛した、愚かで憐れで、醜く残酷な人々が生きる世界ーーーーー。





(娯楽を求めたものから、堕ちていく。)


娯楽を求めた者だけが、この世界に残り、地獄に堕ちていく。


(どれだけ願っても)


過去に剣を渡したこと、聖女に惹かれたこと、婚約者を蔑ろにした事実は覆らず、過去にも戻れず、その責任を負いながら生活し、王族として現実逃避は許されない王太子。


策士であれ、無垢に恋した少女であれ、

夢に見た『2人の未来』は失われ、責められながら生活する人生からは逃れられない聖女。


自分達の罪を棚に上げ2人を責め続けながら、素晴らしい王妃候補を失い、未来が崩れ落ち困窮していく国民と貴族。


未来永劫語り継がれるであろう。

この国が衰退した理由は、この王妃候補を失ったことだと。

未来の王妃という仮面を外しても、結局王妃という存在から離れる事は最後まで叶わない、可哀想な婚約者。


(その因果からは逃れられない。)



残酷な人生。


――なんて愚かで、滑稽で、人間らしいんでしょう。




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