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「約束の春」

作者: ミオ
掲載日:2026/06/26

「ニ年後、離婚しよう。」


妻とそう決めたのは、子どもが卒業する日までは、夫婦そろった家庭をお互いに守ろうという約束だった。


愛情はなかった。

喧嘩もしない。

期待もしない。

ただの同居人のように、子どもを介した家族として過ごす日々。


そんなニ年のはずだった。



---



離婚まで、あと半年。


仕事帰りに立ち寄るカフェバーで、彼は一人の女性と出会った。


最初は店員と客だった。


「今日はお帰り早いんですね。」


「今日は直帰で。」


そんな何気ない会話が、少しずつ増えていく。


彼女は人の話を最後までよく聞く人だった。


無理に励まさない。

決めつけない。


「そう思ったんですね。」


その一言だけ。

不思議と心が軽くなった。


彼は1日の終わりには彼女の顔が見たくなっていった。


けれど、自分はまだ既婚者だった。


だから必要以上に近づかなかった。


彼女が仕事終わりに、


「また来てくださいね。」


と笑って去っていっても、彼は笑い返すだけだった。



---



離婚届を提出した日。


春の風は少し冷たかった。


役所を出た瞬間、彼は深く息を吐いた。


終わった。


長かったニ年間が、ようやく終わった。


その足で、彼はいつものカフェバーへ向かった。


彼女は驚いた顔をした。


「早いですね。」


「今日は話たいことがあります。」


「ご迷惑でなければ、後で時間を作ってもらえませんか?」


彼女は少し表情を変え、


「わかりました。」


と、応えた。



---



「実は……今日、離婚が成立しました。」


沈黙が流れる。


「あなたと出会った頃、妻との離婚はもう決まっていました。でも、法律上今日までは夫でいるという妻との約束でした。」


「だからあなたに何も言えませんでした。」


彼は真っすぐ彼女を見た。


「もしあの時、自分の気持ちをあなたに伝えていたら、それはあなたにも今の家族にも失礼な話だと思ったんで…。」


彼女は静かに聞いていた。


「今日は言えます。」


彼は一度だけ深呼吸をした。


「出会った頃から、ずっとあなたが好きでした。好きです。」


「これから、少しずつでいいので、一緒に時間を重ねていってもらえませんか。」


彼女は少し笑ってから、ほっとしたように、


「不思議だったんです。」


「私の勘違いじゃなければ、好意はずっと伝わってきてたので…。」


彼は照れくさそうに笑う。


「あなたに対しては、すべてをちゃんと終わらせてから、自分の気持ちを伝えたくて…。」


彼女は頷いた。


「だから…、今日ですか?」


彼女は少し考えてから、小さく息を吐き、


「私も、あなたともっと話をしてみたいと、思ってました。」


彼の胸の奥で、固く閉ざされていた何かがほどけていく。


派手な奇跡なんてなかった。


運命的な再会もない。


ただ、一つだけ誇れることは、誰も裏切らず、人を傷つける近道も選ばず、終わらせるべきものをちゃんと終わらせ、好きな人に自分の気持ちを伝えられたこと。


春風が二人の間を通り抜ける。


新しい人生が始まる予感がする。

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