最悪の狂宴と、蹂躙された誇り
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暴食の神が座する、快楽と貪食の宮殿。
その最深部へと続く巨大な扉を蹴り破ると、そこは宮殿というよりも、血と脂の匂いが立ち込める巨大な『屠殺場』だった。
「――おや。随分と極上の『食材』が、自分から飛び込んできてくれたものだ」
空間の中央で、巨大な肉切り包丁を肩に担いだ男が、下劣な笑みを浮かべて立ち上がった。
返り血で汚れた純白のコックコート。尋常ではない魔力と、鍛え上げられた分厚い筋肉。
「俺はこの宮殿の『料理長』。……暴食の神様から唯一認められた、一流の腕と一流の武力を持つ専属コックさ」
「料理長、ね。……随分と悪趣味な厨房じゃない」
私が冷たく言い放つと、男は愉快そうに腹を揺らして笑った。
「ヒヒッ! ここは選ばれた者だけが立てる聖域でね。つい先日も、国中から集められた料理人たちが、暴食の神様を満足させるための『生き残り(サバイバル)試練』をやっていたのさ」
男の言葉に、私の背後にいたリンがビクッと肩を震わせた。
「……そ、その試練に……私の父さんと母さんも、いたアルか……っ!?」
「ん? ああ、いたとも。ずっと俺の目障りなライバルだった男とな」
男は肉切り包丁の刃を指でなぞりながら、ゲスな笑みをさらに深めた。
「俺はあいつを罠にはめて、妻を監禁してやったんだ。『妻を返してほしければ、この最低の生ゴミ食材で俺と勝負しろ。愛する妻の命か、料理人としての誇りか選べ』ってな」
「……ッ!」
「だが、あいつはムカつくことに、その最低の食材で『最高の料理』を作りやがった。神様も大満足するほどのな」
男はまるで世間話でもするかのように、あっけらかんと言い放った。
「だから俺は、神様に最高の料理を捧げたあいつへの『ご褒美』として……あいつの目の前で、文字通り妻を料理してやったのさ」
ピタリ、と。
空間の空気が、凍りついた。
「絶望で発狂するあいつの腑抜けた隙を突いて、俺はあいつを殺し、この国の最高責任者に立ったってわけだ。ヒハハハッ!!」
「……嘘、アル」
リンの口から、掠れた声がこぼれ落ちた。
チャイナ服の膝がガクンと折れ、彼女は血のついた冷たい石床に崩れ落ちる。
「嘘ネ……そんなの、嘘アル……父さんと、母さんが……っ、あ、あぁぁぁっ……!」
「おや? そういえばお前、あの女にそっくりだな」
男は崩れ落ちたリンを見て、下卑た舌なめずりをした。
「思い出したぜ。あの女の肉は、適度に引き締まっていて実にしなやかだった……暴食の神様も『極上の味だ』とお気に入りだったぞ? ヒヒヒッ、ちょうどいい。お前らもまとめてこの俺が究極の調理をして、暴食の神様へと捧げてやろう!」
「……ぁ……あ……」
両親のあまりにも残酷な最期と、人間を肉塊としか思っていない狂気に触れ、リンの瞳から完全に光が失われた。
料理の楽しさを信じていた純粋な少女の心が、無惨に踏みにじられたのだ。
「カノン様ッ!! 私に行かせてください、あの外道を一瞬で……ッ!!」
「……ぶっ殺す。あいつの肉、一ミリずつ削いでやる」
「カノン、私怒った。あいつ、絶対に燃やす」
セラフィ、ミア、レヴィアの三人が、かつてないほどの怒気と殺意を爆発させ、武器を構える。
「待ちなさい」
私は静かに三人を制し、崩れ落ちて震えるリンの前に立った。
そして、彼女の小さな頭を胸に抱き寄せ、その耳元で優しく、けれど絶対に揺るがない声で囁いた。
「……リン。目を閉じ、耳を塞いでいなさい。あなたは、こんな汚いものを見なくていい」
「カノン、お姉さん……っ、あ、あぁぁぁっ……!」
私の胸の中で、リンが声を上げて泣き崩れる。
私は彼女の背中を優しく撫でながら、ゆっくりと立ち上がり、醜い料理長を真っ直ぐに見据えた。
「……料理人としての誇り? 笑わせるわね」
私の右手の指先から滴る血が、巨大な『真紅の大鎌』へと形を変える。
その刃から立ち上る神聖な魔力は、かつてないほどに冷たく、重く、研ぎ澄まされていた。
「他人の愛を踏みにじり、命を弄ぶだけのあなたが料理人を名乗るなんて、片腹痛いわ。……あなたはただの、包丁を持った薄汚い豚よ」
私は大鎌の切っ先を、男の鼻先に突きつけた。
「私の可愛い眷属を泣かせた罪。……生きたまま全身の皮を剥いで、その身で後悔させてあげる」
神殺しの旅路において、最も凄惨で、最も無慈悲な『処刑』が、今、始まろうとしていた。




