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怒れる特級料理人と、正統なる美食

ドゴォッ!!


頭上の建物の屋根から、一人の少女が隕石のように降ってきた。

 お団子頭に、動きやすそうなスリットの入ったチャイナ服。彼女は着地と同時に、男の一人の顔面に強烈な踵落としを叩き込んだ。


「グハァッ!?」

「な、なんだテメェ!? ガキがしゃしゃり出てくんな……ッ!」


男たちが慌ててナイフを抜いて襲いかかるが、少女はフッと息を吐き、構えをとった。

 その動きは、無駄が一切ない洗練された武術だった。


「筋を断ち、骨を外す。料理の仕込みと同じアルよ!」


少女は流れるような身のこなしで刃を躱し、男たちの関節に的確な掌底を打ち込んでいく。

 バキッ、ゴグッという鈍い音が響き、あっという間に屈強な誘拐犯たちは白目を剥いて路地裏の壁に吹き飛ばされた。


「料理は、人を笑顔にするためにあるアル! 人間を食材にするなんて、料理人への冒涜ネ!!」


男たちを完全にノックアウトした少女は、ふうっと息を吐いて額の汗を拭った。

 そこへ、私が歩み寄る。


「……私の眷属を助けてくれて、ありがとう」


私が気絶したミアを抱き起こし、解毒の魔力を流し込む。

 ハッと目を覚ましたミアは、状況を理解するなり顔を青ざめさせ、「カノン……っ! 私としたことが、不覚を……殺して詫びます!」と私の足元に縋り付いてきた。


「バカ言わないの。油断を誘う変な香りが混ざってたのよ。無事でよかったわ」

 私がミアの頭を撫でてやると、少女はパッと明るい笑顔を見せた。


「無事でよかったアル! 私、タオ・リンっていうネ! この近くで小さな食堂をやってるアルよ。怖い思いしただろうし、この街の非礼のお詫びに、私のお店でご飯食べていくといいネ!」


その提案に、レヴィアが「ご飯!?」と猛烈に反応したこともあり、私たちはリンの案内で彼女の隠れ家のような食堂へと向かった。


***


「お待ちどうさまアル! 特製・薬膳火鍋と、幻獣肉の青椒肉絲ネ!」


リンの食堂でテーブルに並べられた料理は、どれも宝石のように輝いていた。

 大通りで売られていたような、得体の知れない気味の悪い肉は一切使われていない。彼女の店にあるのは、この国が持つ『光の部分』――他国では滅多にお目にかかれない希少な薬草や、純粋な自然環境で育った最高級の幻獣肉といった、正統な食材だけだった。


「……美味しいわ。素材の味を極限まで引き出している。魔法みたいな火加減ね」


味にうるさい私も、思わず感嘆の息を漏らした。

 レヴィアは「んふーっ! ほっぺた落ちるー!」と大歓喜で鍋を空にし、普段は少食なミアやセラフィでさえ、黙々と箸を進めている。

 間違いなく、彼女の腕前は『特級』だった。


「お粗末さまアル! ……で、お代はこれくらいになるネ」


食後、リンが申し訳なさそうに提示した金額は、目玉が飛び出るほど高額なものだった。

 希少な食材をふんだんに使い、特級の腕前で調理しているのだから当然の値段だ。


「……ひっ! カ、カノン様、私、昨日闘技場でこれの半分しか稼げておらず……!」

 セラフィが冷や汗を流して財布を確認するが、私はフッと微笑み、マジックバッグから残りの旅の資金(大量のビスケット硬貨)を取り出し、惜しげもなくテーブルに積んだ。


「はい、これ。釣りはいらないわ」

「えっ!? こ、こんなに貰えないアル! 多すぎるネ!」

「いいのよ。ミアの命を救ってくれた恩人だもの。これだけ美味しい料理を振る舞ってくれたんだから、気前よく払わせてちょうだい」


私がウインクすると、リンは「お、お姉さんたち、太っ腹ネ……!」と目を丸くした。


「でも、これだけの特級の腕前があれば、大通りで店を出せばいいのに。どうしてこんな裏路地に?」


私が紅茶を飲みながらそう尋ねると、リンの明るい笑顔が、少しだけ寂しそうに曇った。


「……無理アル。この国で目立ちすぎたら、『暴食の神様』に連れて行かれちゃうからネ」

「連れて行かれる?」

「そうネ。腕の立つ料理人は、神様の専属シェフとして宮殿に連れて行かれるアル。でも……二度と、帰ってこないネ」


リンは、エプロンの裾をギュッと握りしめた。


「私の父さんも母さんも、国で一番の料理人だったから連れて行かれたアル。街のみんなは『神様に仕えるなんて光栄なことだ』って喜んでるけど……絶対におかしいネ!」


リンの声が、震えていた。


「料理の楽しさも、命の尊さも分からないあんな恐ろしい化け物のところに、父さんたちが自分から進んで留まるはずがないアル! 絶対に、何か恐ろしいことに巻き込まれてるネ……っ!」


真っ直ぐで、悲痛なリンの叫び。

 誰もが狂気に麻痺しているこの街の中で、彼女だけが『本当のこと』に気づき、一人で抗い続けていたのだ。


私はそっと紅茶のカップを置き、真紅の瞳を細めて妖しく微笑んだ。


「……ええ、あなたはおかしくないわ。暴食の神は、美食家でもなんでもない、ただの悪食の豚よ」

「えっ……?」


私の言葉に、リンが驚いたように顔を上げる。

 私は、自分の胸の奥で燻っている、育ての親を奪われた絶望と怒りを思い起こした。


「最高に美味しいご飯と、眷属を助けてくれたお礼よ。その豚の腹をかっ捌いて、あなたのご両親を取り戻してあげるわ」

「お、お姉さんたち、神様に喧嘩売る気アルか!? 無茶ネ!」


「――カノン様の邪魔をするなら、神ごとこの盾で叩き潰します」

「……私を攫おうとしたこの街の連中、ぜんぶ切り刻む」

「お肉! カノンをいじめる神様、丸焼きにして私が食べるー!」


私の背後で、三人の凶悪なヒロインたちが恐ろしい殺気を放って立ち上がる。

 その圧倒的な迫力に、リンはポカンと口を開けていた。


暴食の神よ。

 私の育ての親を喰らい、こんな美しい料理を作る少女から家族を奪った罪。

 その醜い腹を切り裂いて、すべて吐き出させてやるわ。

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