r>gの街で、戦闘中に物を運ぶ男
r>g
フランスの経済学者トマ・ピケティが提唱したこの公式は、資本主義社会が抱える不平等を表す象徴的なものです。 「r> g」とは、資本を持つ人々が得る収益(r)が、経済成長(g)を上回ることで、格差が拡大していく構造を示しています
ある学者は言った。
rはgより大きい。
資本収益率は、経済成長率を超える。
つまり、
労働では既得権益は覆せない。
別の言い方をすれば、
どれだけ働いても、
“勝てる席”は最初から限られている、
ということだ。
俺には、
その理屈がやけに現実的に聞こえた。
同じ学者は、
続けてこうも言っていた。
だが、歴史には
rがgを下回る瞬間がある。
既得権益が、
労働によってではなく、
破壊によって壊れるときが。
それが、
戦争だ。
戦争では、
土地も、金も、
肩書きも、
一度、意味を失う。
だが、
昨今、ここでは
戦争は起きない。
少なくとも、
“宣戦布告される戦争”は。
代わりに、
似たようなものがある。
ヒーローと、
ヴィランの戦いだ。
ヒーローが現れ、
ヴィランとぶつかるたび、
街のどこかが“止まる”。
壊れるというより、
“使えなくなる”。
電気が止まり、
通信が途切れ、
人の流れが切れる。
それは、
戦争ほど派手じゃない。
だが、
毎日のように起きる。
小さな“破壊”が、
この街では、
常に循環している。
俺は、
金を稼ぎたかった。
成り上がりたかった。
ただ、
既得権益がある場所では、
労働で勝てないことを知っていた。
rがgを上回る世界では、
“最初に持っている側”が、
最後まで持っていく。
だから、
既得権益が壊れ続けている場所に来た。
ヒーローとヴィランが、
毎日のように
何かを壊している、この街だ。
戦争ほど大きくはないが、
ここでは、
“席”が毎日、空く。
俺は、
そこを拾いに来た。
ヒーローが街に現れるとき、
俺たちは、
逆に走る。
人が逃げる方向とは、
反対へ。
それが、
俺の仕事だ。
警報が鳴っている。
避難指示が流れている。
なのに、
俺はトラックを前に進める。
積んでいるのは、
発電機が二基。
浄水装置が一台。
簡易通信ユニットが三箱。
戦闘が終わってからじゃ、
遅い。
街が“止まる”のは、
いつも、
戦闘の“最中”だからだ。
安全になってから運ぶなら、
誰でもできる。
俺がいる意味は、
“まだ終わっていない場所”に入ることだ。
空の向こうで、
何かが光った。
衝撃が、
一拍遅れて、
地面を叩く。
ハンドルを握る手に、
力が入る。
怖くないわけじゃない。
だが、
この時間帯にしか、
この仕事は成立しない。
交差点を曲がった瞬間、
視界が歪んだ。
空が、
紙のように、
折れた。
あれが、
“ヴィラン”だと
誰かが言っていた。
俺には、
殴れる相手じゃない。
だから、
止める。
ブレーキを踏んだ、その瞬間。
衝撃が、
すぐそこに落ちた。
アスファルトが割れ、
砂煙の中から、
人影が転がり出てくる。
ヒラヒラしたマント。
ヒーローだ。
トラックの前に、
派手に転がり、
すぐに跳ね起きる。
……またか。
俺と、
奴の目が合った。
何度も、
戦闘中に遭遇してきた顔だ。
「またお前か!」
ヒーローが叫ぶ。
「ここは危険だ、避難しろ!」
俺は、
アクセルから足を離さずに言い返す。
「うるせえ!」
「早く倒せ!」
一瞬、
奴は言葉に詰まる。
背後で、
空が、また歪む。
「……チッ」
ヒーローは、
マントを翻し、
再び空へ飛んだ。
俺は、
発電機を降ろす。
ヒーローは、
敵と戦っている。
俺は、
街が止まらないようにする。
役割は、
それでいい。
コードを引く。
スイッチを入れる。
エンジンが回り、
その音が、
この通りで最初の
“生きた音”になる。
建物の中から、
誰かが走り出てくる。
「電気が……!」
それだけでいい。
戦闘は、
まだ終わっていない。
だが、
街は、
もう“止まらない”。
爆風で、
ガラスが割れる。
だが、
建物は倒れていない。
なのに、
この地区は
“動けなくなる”ことが多い。
俺は、
ふと、
思う。
――壊れていないのに、
止まる。
それが、
この街の“戦い”の特徴だ。
荷下ろしを終え、
トラックに戻るとき、
俺は地図を開く。
今日の地点に、
印をつける。
同じ印が、
すでに、
いくつかある。
病院、
通信拠点、
証券街、
研究施設。
偶然か。
……まだ、
偶然だろう。
だが、
この仕事をしていると、
偶然ほど、
信用できないものはない。
トラックを走らせながら、
発電機の残りを思う。
まだ、
稼げる。
そう思いながら、
アクセルを踏んだ。
性懲りもなく投稿してます
5-7話の短編になります




