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第八章:新たな始まり

旅館が全焼した翌日。

女将、らこ、こころは村へ戻る準備をしていた。

灰になった旅館を前に三人は言葉少なだった。

「夜凪ちゃん」

さちが女将のそばに歩み寄り優しく言った。

「ねぇ夜凪ちゃん。ここはまだ危ないわ。だから来月、また一緒にここに来ましょう」

「来月……?」

「ええ。その頃にはここも落ち着いていると思うわ」

さちは女将の頭を優しく撫でた。

「今はゆっくり休んで。これからのことを考えましょう」

女将は小さく頷いた。


***


その日の午後、女将はさちと灯真を村へ招待した。

「二人とも、もしよかったら……私たちの村に遊びに来ませんか?」

さちと灯真は驚いた。

「村に……!?でもいいの?」

「はい!」

女将は微笑んだ。

「二人は私たちの命の恩人ですから!ねっ、長老?」

長老も頷いた。

「女将がそう言うならわしも構わん。人間を村に入れるのは初めてじゃが…二人は信用できる」

こうしてさちと灯真は猫人族の村を訪れることになった。

旅館の跡地からは1時間くらいで猫人族の村に着いた。

「わあ……」

さちと灯真は村の光景に息を呑んだ。小さな家々が立ち並び、猫人族たちが楽しそうに生活している。

「すごい……こんな場所だったなんて……」

灯真が以前に来たときは日が暮れていた為、村の景色をはっきりと見れていなかった。

そしてさちはどこか物思いにふける表情で目には涙が浮かんでいた。

女将はさちの様子を不思議そうに見た。

「さちさん?どうかしましたか?」

「ううん、何でもないわ」

さちは涙を拭いて微笑んだ。

その後、最初は警戒していた猫人族たちも女将と長老が一緒だと知ると、少しずつさちと灯真を受け入れ始めた。

「この人が仲間の猫を助けてくれた人間か」

「こっちのお婆さんは旅館が燃えた時にらこを助けてくれたんだって」

猫人族たちは興味津々だった。

その夜、村の広場で小さな宴が開かれた。

女将はみんなに宣言した。

「みんな!聞いて!私...また旅館を作りたいと思ってる。」

村人たちがざわめいた。

「でも、どうやって……」

「大丈夫」

女将は微笑んだ。

「きっと方法がある。それに...今度は一人じゃない」

女将はらことこころを見た。

「若女将たちがいるし…」

次に灯真を見た。

「灯真さんも仲間になってくれた」

そしてさちを見た。

「さちさんもきっと力を貸してくれる」

さちは優しく微笑んだ。

「ええ!もちろんよ」

その夜、さちは女将を呼んだ。

二人きりになるとさちは静かに言った。

「夜凪ちゃん、実は私ね……全国温泉旅館協会の会長をしているの」

「え……?」

女将は驚いて目を見開いた。

「夜凪ちゃんと初めて海であった時も、温泉旅館の視察をした帰りだったのよ」

さちは穏やかに微笑んだ。

「だから旅館のことなら何でも知っているわ。」

女将は驚いて言葉を失った。

さちは女将の手を握った。

「それでね、あなたたちが今後また旅館を経営できるように私が必要なことをすべて教えてあげたいの!」

さちの目が真剣になった。

「日本で一番お客様に愛される旅館を経営できるように」

女将は満面の笑みで喜んだ。

「さちさん...ありがとうございます!」

「これから一か月間、私があなたたちに色々教えてあげるわね。」

さちは優しく微笑んだ。

「それが終わって立派な温泉旅館の経営者になったらまた旅館を見に行きましょ。」

「はい!!!」

三人は元気な声で返事をした。

次の日からさちの特訓が始まった。

村の中でさちは女将、らこ、こころに、旅館経営のすべてを教え始めた。

「接客の基本は笑顔よ」

「でもただ笑えばいいわけじゃない。お客様の気持ちを察して何が必要か考えるの」

女将は真剣にメモを取った。

「お客様が疲れていたら静かに案内する。楽しそうにしていたら明るく接する」

らこが手を挙げた。

「でもどうしたらお客様の気持ちがわかるの?」

さちは微笑んだ。

「しっかりお客様を観察するのよ。表情、仕草、声のトーン……そのすべてが、お客様の気持ちを表しているわ」

「観察...私はそういうの苦手...笑」

らこはわがままを言いつつもしっかり学ぼうとしていた。

別の日には料理の指導が行われた。

「旅館の食事はただ美味しければいいわけじゃないの」

さちは村の食材を使いながら説明した。

「季節を感じさせること。地域の特色を出すこと。そして一番大事なのは心を込めること」

こころがさちの手元を真剣に見つめた。

「盛り付けも大切よ。目で楽しんで、香りで期待して、食べて満足する」

さちは美しい盛り付けを完成させた。

「わあ……」

三人は感嘆の声を上げた。

そしてさちは三人だけじゃなく灯真への指導も行った。

「灯真さん、夜凪ちゃんと話してあなたは番頭として働くことになったわ」

「番頭…?」

灯真は首を傾げた。

「番頭は三人を補佐しながらスタッフをまとめて、旅館全体を裏方から見守る役割よ」

さちは灯真に分厚い本を渡した。

「これが番頭の仕事マニュアルよ。予約管理、在庫管理、スタッフのシフト管理……覚えることはたくさんあるわ笑」

灯真は本の厚さに圧倒された。

「こんなに!?俺に…できるかな……」

「大丈夫よ!あなたの人を思う気持ちがあればできるわ!だから夜凪ちゃんと一緒に重要な番頭をあなたに任せるって決めたのよ。」

さちは励ました。


***


それから一週間が過ぎた。さちの特訓には村の猫達も手伝ってくれた。

「お客様こちらへどうぞ」

女将が優雅にお辞儀をする。

「その調子よ」

さちが頷いた。

「でも、もう少し声を明るく。お客様を迎える時は太陽のような温かさが必要よ」

女将は何度も練習を繰り返した。

らことこころも懸命に学んでいた。

「お姉ちゃん、この料理の盛り付けどうかな?」

「んー、もう少し彩りがあった方がいいんじゃない?」

二人は協力しながら腕を磨いていった。

灯真も必死にマニュアルを読んでいた。

「予約が重なった時は……ええと……」

灯真は何度もメモを見返した。

さちはそんな灯真を見て微笑んだ。

(真剣でいい目をしているわね、人選は合ってたみたい)


***


二週間が過ぎた頃。

さちは用事を思い出したと言い急遽、村を離れることになった。

「さちさん...行っちゃうんですか?」

女将が寂しそうに聞いた。

「ええ。でも二週間後にまた会えるわ」

さちはいたずらっぽく微笑んだ。

「それまでに私も色々準備があるの」

「準備……?」

「ふふ、秘密よ笑」

さちは女将の頭を撫でた。

「あなたたちは今学んだことを復習しておいて。二週間後に試験があるわよ!」

「試験!?」

四人は驚いた。

「冗談よ笑」

さちは笑った。

「でもしっかり復習してね。プロの旅館経営者になるために!」

「また二週間後に旅館の跡地で会いましょう!」

そしてさちは長老や村の猫達にも笑顔でお辞儀をして帰って行った。


***


さちが去った後、女将たちは毎日練習を続けた。

接客の練習、料理の練習、掃除の仕方、布団の敷き方——

旅館で働くために必要なすべてのことを何度も何度も繰り返した。

灯真も番頭の仕事を完璧にこなせるように勉強を続けた。

「よし、シフト管理は完璧だ」

灯真は自分のノートを見て満足そうに頷いた。

長老はそんな彼らを温かく見守っていた。

「みんな、よく頑張っておるな」

「はい!」

女将は笑顔で答えた。

「さちさんと会う時までに完璧になってみせます」


***


そして旅館が全焼してから一か月が過ぎた。

「今日がさちさんとの約束の日だね」

らこが言った。

「うん…行こう!」

女将、らこ、こころ、そして灯真は旅館の跡地へ向かった。

山道を歩いていると遠くに何か大きなものが見えた。

「あれ……何だろう?」

女将が目を凝らすと——

「なにこれ……?」

女将の足が止まった。

そこには大きな白い布に包まれた何かが建っていた。

「これは…?」

らことこころも不思議そうに顔を見合わせた。

その前にはさちと見覚えのある人物が立っていた。

「おーい!女将ー!久しぶりだな!」

「...えっ!こだまさん!?」

女将は驚いて声を上げた。

以前に女将の旅館作りを手伝ってくれた、町長のこだまがさちの隣で優しく微笑んでいた。

その場には人間の町のみんなも集まっていた。

「さちさん!こだまさん!」

女将は駆け寄った。

「なんでみんなここに?どういうこと……?」

さちはいたずらっぽく微笑んだ。

「サプライズよ笑」

さちは大きな白い布をゆっくりと引いた。

その下から現れたのは完璧に再建された温泉旅館「夜凪の家」。

「えっ……嘘……」

女将は信じられないという顔をしていた。

こだまが温かく言った。

「さちさんの力を借りて、町のみんなで作り直したんだよ」

「町の……みんなで……?」

女将の目が大きく見開かれた。

「ああ。みんな、女将の旅館が大好きだったからね」

こだまは優しく微笑んだ。

「火事になったって聞いて、みんなが『何とかしてあげたい』って集まってくれたんだ」

さちも頷いた。

「私が協会の力を借りて人を集めて、町長のこだまさんが町のみんなをまとめてくれたの」

さちとこだまは目を合わせて微笑んだ。

「ここにいる人達全員……女将の人柄に惚れた人たちばかりだ」

こだまは旅館を見上げた。

「女将はこの町に温泉旅館を作ってくれて町に癒しと活気を与えてくれた。だから今度は俺たちが恩返しする番だって」

町の人たちも続けて女将に言った。

「そうだよー!女将と話すと面白いし、たまにポンコツな事もしてくれて笑わせてくれるしね笑」

「私もいつもお腹いっぱいで元気をもらってるよ!」

「俺たちも仕事終わりに温泉で疲れ取らせてもらってるよ!」

女将の目から涙がこぼれた。

「みんな…」

「それにな...」

こだまは照れくさそうに頭を掻いた。

「女将の料理も、笑顔も、温泉も、みんな大好きなんだよ。またあの旅館が戻ってきてほしかったんだ」

女将はさちとこだまに抱きついて、町のみんなと協会の人たちに深々と感謝のお辞儀をした。

「ありがとう……本当にありがとうございます……」

らことこころも、灯真も、涙を流しながら駆け寄ってきた。

「さぁ、中を見てみましょう」

さちはみんなを旅館の中へ案内した。

新しい旅館は以前よりも広く、設備も充実していた。

客室、温泉、食堂、そのすべてが町のみんなの手によって心を込めて作られていた。

「これから新しいスタートを切りましょう!」

さちは微笑んだ。

「あなたたちなら、きっと素晴らしい旅館を経営できるわ!」

「私は何十年と温泉旅館協会の会長をしているけど、こんなに地元の町に愛されてる温泉旅館と女将を見たことがないわ。」

女将は照れながら頷いた。

「ありがとうございます!絶対に最高の旅館にしてみせます!」

らことこころも、力強く頷いた。

「私たちも頑張る!」

「さちさんに教えてもらったこと全部活かすよ!」

灯真も真剣な顔で言った。

「俺も番頭として、しっかり三人を支えます!」

こだまが女将の肩を叩いた。

「町のみんなもまた女将の旅館を楽しみにしてるよ」

さちはみんなの顔を見て優しく微笑んだ。

「私も楽しみにしているわ」

新しい温泉旅館「夜凪の家」が再び開業する日はもうすぐそこまで来ていた。


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