87 パターガーとレビア2
王都リクロの中心には王宮があり、その周囲を貴族の邸宅がグルリと囲む。その外側には商家や市場がひしめいており、一般人の住宅街は更にその外縁である。
(このままでは王宮に着いてしまう)
レビアはいつも残念に思う。
市場を抜けると貴族の邸宅街に至る。邸宅の屋根よりも高い王宮、その赤い屋根が見え始めたのだ。
貴族の邸宅など一つ一つは大きいが、そうたくさんあるものでもない。
パターガーにとっても、赤い屋根が見えるのは嬉しいものではないようだ。
「俺ぁ、陛下に顔を見せると、また、カートさんのことで文句を言われちまいそうだ」
うんざりした様子でパターガーが頭を抱えた。
「あの2人は2人で、お互いのことしか今は見えてねぇときてる。頭が痛いぜ、俺は」
更に加えてパターガーが呻く。
熱々であることはレビアにも見ていれば分かる。短期間でよくも、というぐらいに距離を縮めているようで、女王リオナの愚痴で聞き知っていた。
「陛下は脈無しです?せっかく、シュルーダー卿とは幼馴染なのに?」
レビアとしては有利な条件ばかりに思えて首を傾げる。
「かえって、そういうのがダメな人もいるんだよ。カートさんはその典型だな」
パターガーが苦笑いだ。
「お子様には分からないだろうがな」
挙げ句、自分が子供扱いされる羽目になった。
「分かります。子供みたいに言わないでください」
ツンとレビアは横を向く羽目になった。
「悪かったな。俺から見りゃ可愛いお嬢様さ」
また子供扱いだ。だが『可愛い』は嬉しいのでレビアは反応に困る。
「ああいう人は、思い込むと周りが見えなくなるからな」
パターガーが話をカート達に戻す。
確かに長年、女王リオナに靡かなかったにも関わらず、ティスという女性には急接近していた。
(女王陛下にとっては、とっても悲しいことだと思うけど。陛下も陰湿なことしてたから、いろんな人に。なんか同情しきれない)
自分もどう捉えていいか分からないのだった。
「まっ、私が気にしてもしょうがないですよね」
そんなことより自分のことだ。
気を取り直して、レビアは顔を上げる。
「あっ」
そしてパターガーの何らかの回答よりも先に、レビアは声を上げた。
桃色の髪をした美少女が歩いてきたからだ。何度か遠目に見たことのある、聖女エストである。
(やっぱり可愛い)
レビアは改めて近くでその整った顔立ちを見て思う。
どんな男性でも虜にしてしまうのではないか。
不安になってレビアはチラリとパターガーを見上げる。特に動じた様子もない。
(でも、これはこれで不安)
どんな女性であれば、パターガーを魅了することが出来るのだろうか。
「あっ」
聖女エストも声を上げた。
「あの節はどうも」
自分を一瞥してから、聖女エストがパターガーに深々と頭を下げる。
一体、何があったのだろうか。レビアは聞きたくてならない。
「任務でやっただけですから、特に感謝されることじゃあねえですよ。俺んちの若手もいたんでね」
パターガーがさらりと言い放つ。
美少女の聖女にもいつも通りの態度だ。
(あぁ、虫と黒騎士が出たときのことだわ。クイッドさんも殺されかけた時の)
レビアも思い出す。あの黒騎士すら、やはりパターガーには敵わないのだと、惚れ直した話だから記憶に残っている。
「それにしても」
エストがいたずらっぽい視線を自分に向けてきた。
面識は無い。
「とても可愛らしい恋人さんを連れていらっしゃるんですね。しかも王宮にも堂々と連れて出入りなさるなんて、ちょっと意外です」
なんとも嬉しいことをエストが言ってくれたので、レビアは一気にこの聖女のことが好きになった。
「こいつは弓の弟子ですよ。得物は弩弓で俺とは少し違いますが。ちと借りが出来たんで、飯を奢ってやってたんでさ」
一方、自分の気持ちなど知らずにパターガーが言い放つ。
いつもの言い分だが、真横で言われるとレビアは悲しい。
「そんなこと言って、隅に置けないんだから。あんまり罪作りなことをおっしゃってると、その弓のお弟子に矢を射られちゃうんだから」
笑ってエストが言い返す。少し口調が砕けているようだ。
更に自分と目が合うと、片目を瞑ってくる。咄嗟の出会いだというのに、どうやら応援しようとしてくれているのだ。
(なに、この聖女様、大好きになっちゃうかも)
レビアはコクン、と頷く。
自分でも何に何を頷いたのかはよく分からないのだが。
「いや、だから、そういうのじゃ」
パターガーもさすがに少々、気を悪くした様子だ。
声が低くなった。
大概の人はこうなると怯える。だが、聖女エストは負けていない。
「一途に懐いてもらえて。でも、当たり前だなんて思っていたら。いなくなったら後悔しますよ」
捨て台詞を残してエストが去っていく。
「何だってたんだ。まったく、あの聖女さんは気が強い」
パターガーが毒づく。
だが、間違いなく聖女エストの言葉はパターガーの何かを刺激したらしい。
珍しく、自室近くまで、送り届けてもらえることととなったのだった。




