86 パターガーとレビア1
ラデン王国では小麦の生産が盛んだ。農地に適した肥沃な平野が広い。長年、大きな戦もなくて、作物を踏み荒らされなかったことも農耕によい影響を与えていた。
故に流通の中心である王都リクロでも、小麦を加工した食品が多く取り扱われている。
「美味しかったぁ、ご馳走様でした」
昼下がり、首尾よくパターガーと昼食を取ることに成功したレビアは、その小さなお腹をポンポンと叩く。好物の煮込んだ小麦の麺をたらふく食べた後である。甘じょっぱい味付けが好きなのだ。
(仮面、取っちゃえばいいのに)
レビアはチラリと弓の師匠を見上げる。
凄惨な傷痕が目尻から口元にあることを気にして、町中に出ると黒い仮面をつけてしまう。
(かえって、怖がらせちゃうと思うんだけど)
更に加えてレビアは思う。他にも傷跡を顔につけた軍人ぐらい、ラデン王国にも幾らでもいるのだ。パターガーに限ったことではない。
(本当は昔のことを気にしてるんだろうけど)
盗賊だったという。
大した罪を犯す前に、ガードとぶつかってしまって捕まったらしい。それ以来、腹心の部下を続けている。
「ちったぁ、遠慮ってものをしねぇのかい」
パターガーが呆れたように言う。
財布の中身をしきりに気にしている。今ではラデン王国歩兵部隊の2番手なのだから収入も相応なはずだ。
(いっぱい、貯めてるんだろうなぁ)
レビアはチラリと思う。伴侶としては心強い限りだ。庶民的な所作も好ましい。
「せっかくの機会だから、いいんです。パターガーさんは忙しいし、私もなんだかんだ、女王陛下に張り付けで、なかなか離れられませんし」
レビアは澄まして告げる。遠慮していては距離などまったく縮まらない。
まして自分は弟子だったので、なおのこと弟子としか見られていないのだ。『女性』というよりも『女児』とすら見られているのではないか。
少しでもパターガーの認識を変えたくて、レビアはピトッと身を寄せる。
「お前も、もう子供じゃないんだから、あまり俺に甘え過ぎるんじゃないよ」
パターガーが頭の上からたしなめてくる。
悔しいことに渾身の身体接触も、子供の戯れと捉えられてしまうのだった。
(子供じゃない?じゃぁ、少しは意識してくれてもいいのに)
レビアは不満な思いに任せて、パターガーの細長い左腕を抱え込むようにして、しがみつく。針金のように細くて硬い腕なのだった。
「まったく、お前は」
呆れつつも優しいパターガーからは、振り払われることもない。師弟の関係で教えを受けていれば、嫌でも優しい人柄が分かる。顔の傷痕など、一度優しさが分かってしまえば関係なかった。
2人で王都リクロの中心街を歩く。
人目につくが見せびらかしたい気持ちもある。『ラデン王国の暗殺仮面』パターガーを独り占めしているのは自分なのだ。
(みんな、近付くこともなかなか出来ないんだから)
自分の気持ちも関係も隠すつもりはない。
「甘えてるんじゃありません。触れ合うようにしているだけです」
レビアは口答えをしてやった。
悔しいことに密着していてもなお、あまりパターガーを動揺させられていないようだ。
「似たようなもんだよ」
いつも通りの口調で返されてしまった。
すれ違う人達もパターガーの仮面を見て、驚いている。素顔のほうが絶対に良いとその度にレビアは思う。
「それに、仕事もあまりビアルの奴に押しつけすぎるなよ。あいつは真面目すぎる。倒れるまで働くぞ」
更にパターガーが指摘する。
双子の兄ビアルには、騎士団長のヨギラスが剣の鍛錬をつけていた。
結果、狭いところではヨギラス以上の使い手となっている。自分の方はパターガーを超えられていない。
(多分、一生、超えられないし、そこは、あんまり、そういう願望はない)
パターガーの腕にしがみついたまま、レビアは思う。
「兄さんは大丈夫です。私より体力も集中力もあるんですから」
レビアは口を尖らせる。自分とのデートでそもそも兄の話題となるのも少し嬉しくない。
(余計な心配だもん)
ビアルにはパターガーへの気持ちなど疾うの昔に伝えている。今回のように女王リオナの護衛任務を交代してもらえることもあるからだ。
今のところ、パターガーならば、と協力してもらえていた。
「ビアルは仕事大好きだから大丈夫です。本当は、陛下に直接つくよりも、王宮の中を見回るほうが好きみたいですけど」
レビアは断言するのだった。
刺客が女王リオナの近くにまで至るのでは遅いという信念らしい。王宮内の異変、窓や裏口などを精力的に見回りしていた。
「だから、そういう奴にあんまり仕事を押し付けるなよって言ってんのさ」
苦笑いでパターガーが返す。
自分の弟子ではないビアルのことも、きちんと気遣える。優しい人柄が滲み出ているのであった。




