84 女王と聖女の雑談
エストはクイッドともに王都リクロへ帰ってきた。
(さすがに、あんな大物を引っ張り出しちゃったのに、ランパートの森へは行けないわよねぇ)
成果が十分だったということもある。
『大聖女の連珠』を手に入れたことで『聖空機雷』の技が使えるようになったのだから。
どこか不穏だったバール帝国に比べると、どこまでも長閑なラデン王国の王都リクロ。すれ違う人達も歩調がのんびりとしている。
その中を場違いな速度で黒服の兵士が駆けてきた。留守中のカートの部下だろう。
「聖女エスト様、お戻りになられて早々に申し訳ありません。しかし、女王陛下がお呼びです。なるべく早く会いたいと」
自分よりも一回りは年上の兵士が頭を下げる。
「えぇ、分かりました。このまま向かいます」
エストは微笑んで兵士に告げる。
恭しく一礼をしてからまた兵士が駆け去っていく。
「疲れてませんか?少しは家で休んでから謁見すればいいのに」
クイッドが気遣ってくれた。従者としては極めて優秀だ。旅の時から変わらない。実戦を初めて経験する相棒としては心強かった。
「別に平気。陛下だって、あんなことがあれば、そりゃ報告は欲しいでしょ。おおまかな話はヨギラスさんから行ってるんだろうし、さ」
エストはすたすたと王宮の方へと歩いていく。
「クイッド殿っ!パターガー副長が」
後ろで呼び止められている。あちらもあちらで大変なようだ。
数日間の旅路だったが、エストにとっては有意義なものだった。体力も少しついたようだ。
(そこには、あんたに感謝してる。あんたは良い前衛だった。初陣も経験させてもらえた)
エストは振り向いて端正なクイッドの横顔を見て思う。円盾と手斧を使いこなし、攻守の均衡も取れていた。
「じゃ、私はここで。クイッドも自分の仕事をしてきなさいな」
エストは右手を挙げた。
王都での謁見ぐらいは一人で済ませられる。
「ありがとうございます。俺にとっても、良い経験になりました」
クイッドが素直に頭を下げる。
均衡は取れているのだが、大物や強敵相手には厳しい。ギガンヒッポスには逡巡している様子もあった。特にエストから指摘もしなかったが、本人としては思うところもあるのだろう。
「ええ、また、私も世話になることもあるかもね」
エストはクイッドに背中を向けた。
(本当の強敵に、立ち向かうんなら)
結局、自分も肉体的には弱いまま、という負い目はあった。
強靭な前衛がどうしても必要だ。
(クイッドはそれでも及第点。黒騎士もギガンヒッポスも十分に引きつけてくれた)
エストは考えながらもスタスタと王宮の門を抜けて、中の廊下を進む。
途中、守衛に誰何されても名乗れば通してくれる。女王リオナからの通達が行き届いているらしい。
(こういうところはしっかりした人なんだけどなぁ)
エストは顔をほころばせながら進み、やがて女王リオナの執務室に到着した。
今回は衛兵をきっちりと立てていた。エストを見て扉を叩く。
「失礼します。陛下、聖女様が到着されました」
エストは行儀よく黙って待つ。
「入ってちょうだい」
部屋に入ると、執務机の上に両手を置いて、女王リオナが座っている。背後の窓から注ぐ陽光が後光のようだ。
煩雑な政務に煩わされているだろうに、ついぞこの机が散らかっているのを、今のところ、エストは見たことがなかった。
「ただいま戻りました。この度は、修行の機会に人員も割いてくださり」
エストは拝礼して謝辞を述べる。
「やめてちょうだい。ここで2人で話すのなら、いつもどおりでいいわ」
苦笑いで女王リオナに遮られた。
護衛が1人、緊張した顔で部屋の奥に立つ。まだ若い。紫髪紫眼の少年だ。自分と同世代ぐらいではないかとエストは思う。
「そうですね、分かりました。でも、感謝はしてます。実戦、またやれましたから」
エストは多少、口調を崩した。それが相手の望みなら別に咎められもしないだろう。
「あっちでは、アーノルドという人も義理の妹さんも過保護だったものね」
女王リオナが笑って告げる。
「アニスはともかく、アーノルドはどうだったのかしら?あまり話したことが無いんですよね」
エストは首を傾げた。なぜ、アーノルドの名前を出してきたのだろうか。デズモンドの腹心である騎士であり、あまり話す機会も無かったのだが。
「ふふっ、で、どうだった?クイッドは」
意味深な笑みを浮かべて、女王リオナが話題を変えた。
「悪くなかった。腕は立つし、実戦慣れしてるし。でも、大物にはちょっと、弱いかも?」
エストは思ったままを告げる。
ラデン王国の歩兵部隊では、若手の有望株に当たるらしい。国を代表する軍人は現役ではカート・シュルーダーやパターガーだが、それに次ぐ位置づけだ。
(兵の総数は、バールには及ばないけど。ヨギラスさんて人もいるし、質は劣らない。実は)
ラデン王国に来てから、エストの抱いた印象だ。
「今のところは、カートもいるし、本人もそれでいいって思っているみたいなのよねぇ」
女王リオナも頷くのだった。




