82 牛鷲を倒す4
空に大きな鳥の影が見えた。
(あんなのは、どうとでも出来る)
カートは考え事のほうを継続する。近くに至れば簡単に鳥ごときは倒せるはずだ。
(背中に取り付いて滅多打ちにすればいいんだからな)
だが、今は屋敷をあとにしたばかりであり、街を抜けて山へ向かおうという段階だ。
「あぁ、山ならちょうどいいかもしれんな」
カートは思わず声に出して呟いていた。
王都を出た時期ぐらいから、大型の鳥を見かけるようになった。ずっと同じ鳥だ。視力に優れる自分なら分かる。
いい加減、しつこいのでそろそろケリをつけたい段階でもある。
自分は先代たちと違って忙しいのだ。無気力でもない。後進が育つなり、ひっそりと隠棲して何の責任も取らなくなった面々とは違う。姫君だった妻たちのことも王都へ追い返していたらしい。
(俺なら、例えばティス殿と結ばれれば。一生涯、放すことは無いだろうからな)
そして内心で惚気るのだった。
今回はティスを伴わない。いくらなんでも荒事に付き合わせすぎていた、という苦い自覚ぐらいはある。
「やはり、ティス殿には少し着飾って頂いて、王都では忙しかったのだから、こちらではゆっくりしていただきたいものだ」
更にカートは呟く。
ぶつぶつと独り言を並べているので、とんだかわり者に見えるだろう。だが、ここ数日で慣れたらしく、初日とは違って誰もいちいち振り向くこともない。
変わり者の領主が足を引きずって巡回を始めたことがもう、周知されている。
「俺はここで生きる。女王陛下のことも助けねばならんから、王都と往復する日々だろうが、ここを蔑ろにするつもりもない」
決然としてカートは告げる。
ティスならば自分の気持ちを理解してくれるだろうか。
極力、理性的に考えながら生きていきたいとも思う。自分のことを知っている人間の前では難しくなるのではないかという恐怖もあった。
(だから、考えれば考えるほど)
カートは首を横に振る。
足を引きずって歩くうち、レイダマン山へと辿り着いた。歩くのは速い方だ。
(なるほど)
目を凝らすまでもなく、幾つもの柵が見えた。見張りも立てている。
砦化しているのだった。本来なら軍を率いて攻め込むべきところ、自分の場合は1人で良い。
(なんなら、犠牲も出さずに済むんだからな)
カートはスタスタと歩いていく。
見張りに気づかれないわけがない。あまり騒ぎになっていないのは1人で来たからだ。自分のことも知らないのだろう。
「おい」
しかし、5人組に声をかけられた。囲まれている。剣と槍で武装しているのだが。
思ったのはそこまでで、気付くともう、打ち据えていた。
「ぐうっ」
全員、足の骨をそれぞれにへし折っている。地面にうずくまっていた。
構うことなく無言でカートは緩やかな山道を進み、誰何される度に賊徒を打ち倒していく。むしろ敵を探し回るような格好となってきた。
小屋が点在しており、中には数人の賊徒がたむろしている。
当然に柵も通るのに邪魔なので打ち砕いてやった。
「なんだ、てめえは」
視界が翳った。
振り下ろされる大斧をカートは軽く飛び退いて躱す。さすがに斬られれば斬れるので受けたくはなかった。
短く黄色い髪を刈り揃えている、大男だ。険しい眼差しを自分に向けている。他に3人ほど屈強そうな部下を従えていた。
(そうか、ここが中心地帯みたいな場所か)
カートは意に介することなく、辺りを見回した。
小屋が密集している。中にはかなり新しいものも見受けられた。
「なんだ、てめぇは。ただ者じゃねぇ。1人で何人も打ち倒して。だが、いつまでも好きにさせるか。ここは俺たちの山だ」
バール帝国から流れてきたのだろう。言葉からカートはそんな印象を受けた。
「全員、骨を砕いてバールに送り返す。加減はあまり上手くない」
一方的にカートは告げた。賊徒などにいちいち何かを宣告するのも煩わしかった。
「エイトンさん、この軍服、ラデン王国の精鋭だ。女王直属の、歩兵のものですよ」
敵の大男に部下の一人が耳打ちしている。なお大男の名前もエイトンと判明した。
「なんだと?待ってくれ!俺たちは住む場所を魔獣に追われたんだ。ラデンのほうはマシだが、バール側は酷いんだ」
慌てた様子でエイトンが言う。戦意を失っているのが分かった。
別にどうでも良い。
「正規の手続きで入ってきて、真っ当な仕事をしていれば骨を砕くこともしない」
カートは呟いて、部下の三人をまとめて杖の一撃で倒した。全員、足を杖で払ったのだ。骨ぐらいは確実に折れている。
「お、おいっ、降参する、やめてくれっ」
エイトンが後ずさる。
斧で斬りかかってきておいて。
虫の良いことを言うのだった。
「別に戦いに来たわけじゃない」
カートは杖を振るう。
「ぐっ」
初撃をエイトンが大斧で止めた。
まともな訓練を受けたようには見えない。
力負けもせず、顔を歪めただけだった。
「気が変わった」
カートは顔色1つ変えず、言い放つのだった。




