80 牛鷲を倒す2
気付くとティスがニコニコと微笑みながら自分を見つめていた。会話を放棄して熟考していたことに、カートは気付く。
「申し訳ない、考え込んでおりました」
カートは左手で頭を押さえつつ詫びる。決まりが悪いのであった。
「いえ、真剣に考え込むお顔も素敵でした」
ぽっと頬を赤らめてティスが言う。
「人の流入が多すぎて手が回らない、それに尽きるのでしょうね。どこに誰がいるのか、突き詰められていないというか」
そしてティスが照れくさそうに説明を加えた。
カートも同じことを考えている。
「国境の巡視に人手を増やして、戸籍をしっかりと更新し精査すること。これに尽きますね」
カートも故に頷くのだった。
「ただ、人を雇い、動かすのに金がどうしてもかかりますがね」
とにかく自分は動かなくてはならないので、カートはパンを齧ることとした。動くからには食うのである。
齧りながらまた、思考を巡らせた。
軍の総司令とはいえ、自領のために我が物顔で軍を動かすことは出来ない。それぞれに果たすべき仕事がある。新たに自前でこの領土内にある人材を登用していくしかなかった。
(ここは代々、そういう配慮をされて来なかったから、そういう土壌に乏しい)
カートはため息をつく。
普通の貴族領土とは違う。世襲ではないのだ。だから毎回、代替わりの度に、まるで違う考え方の人間が統治することとなる。
「カート様のお父様はどのように統治されていたのです?」
ティスが見当違いに取ってくるのも無理はない。
「ここは歩兵隊長が治めることとなっています。腕っぷしが必須だからでしょうか。歩兵隊長も世襲ではないので」
カートは説明するに留めた。
歩兵隊長としての資質が血で引き継がれない。素質のあるものを当代が見つけるしかないのだった。
「そうだったんですね」
不思議そうにティスが頷く。そうだと言われれば、そうなのかと思うしかない話なのだろう。
「もともと、カート様が浪費をなさるわけでもなくって、それは助かってるって執事の方もこぼしてました。ご不在がちで大変だったということですが」
更にティスが加えるのだった。
「そんな話まで、連中はティス殿にはするのですか」
聞き苦しいことも言われているのかもしれない。どういう話をされているのか。少々カートは不安になってしまった。
(まぁ、歴代の使用人たちも、苦労してきたんだとは思うが)
領主に一貫性がなく、その配偶者たちも同様であった。あまり協力的ではなかったらしいとのこと。
(元王族でありながら、軍人の妻となって、こんな僻地に押し込められる、と。後ろ向きな姫君が多かったらしい)
歩兵隊長とその妻となることに消極的な女性が治めてきたことが、不安定な住民性を作った、とカートは思っていた。
(だが、そんな俺もこの有様か)
女王リオナが歴代と同じとは思わないまでも、カートとしては王族との結婚に後ろ向きであるのには、こうした理由があった。
(なんから陛下も、国のことはお考えになっていても、俺をここには専従させてくれないからな)
苦い思いとともに、カートはここ数年の自分を省みる。女王リオナの言いなりで、領土をないがしろにしていたのだから。
悪気は無かったうえ、自分も多忙ではあったのだが領民にとってはただの言い訳だろう。
「不正に入国したから問題ですが、人手とも考えられます。きちんと上手く管理すれば、逆に栄えるかもしれませんね」
たおやかにティスが微笑んで告げる。
前向きな発言にはカートも自然とつられて表情を崩してしまう。
簡単なことではない。根気も使う頭も必要なのだから。
「そんな風に考えていただけるから、貴女のことを素敵だと俺は思わされてしまうのですな」
つい適当な言葉を他に思いつけないまま、カートは惚気た台詞を吐いてしまう。
そして赤面する羽目になった。ついぞ女王リオナや他のラデン王国の女性には抱かなかった心情だ。
侍女のルルがニヤリと笑う。生意気にも面白がっているらしい。
ティスも恥じらってうつむいた。
自分の好意は露骨だ。上手く隠して滲ませるなどと器用なことは出来ない。かといって周りに女性との距離の詰め方が上手いものなどもいない。
「そんな。私なんて。むしろ出しゃばったことを申し上げてしまいました。すいません」
ティスが謙遜する。
(そんなことはない。とにかくこの地で必要な、腕前をお持ちなのだから)
まず強いこと。そして美しいとなれば、自分としては魅力的な女性である。領地のあり方についても、考えてくれるなら、なお有り難い。
「私もティス様が、まだいらしてくださって日は浅いですけど。すごく熱心に調べものをなさっていたり、この土地に興味を持ってくださったりして、こんな方は、今までいらっしゃらなかったと思います」
ルルも若いのだが、この土地で育った少女である。今までの、とは彼女が生まれる前からの、この土地の歴史を指す。
「そうだな、そのとおりだ」
思い、カートも深く侍女の言葉に頷くのであった。




