76 パターガーの報告3
「そうよね。だから私はカートを差し向けたの。貴方の応援としてね。より、確実を期すために、ね?」
女王リオナの声が危険な響きを帯びてきた。
金色の瞳がキラリと光を放っているようにも見える。
「私は、カートなら確実に黒騎士を仕留められたと思うの。瓦礫同然になった、あの黒い甲冑を携えて、ね?」
女王リオナが言葉を並べる。
パターガーには話の行く末が見えない。よもや自分の責任を追及したいわけではないだろう。
(それなら、最初の。第一声から叱責されてるはずだ)
パターガーは内心、首を傾げる。
「それは、カート殿ならば黒騎士ごとき、容易く討ち取るでしょうな」
分からぬままにパターガーは相槌を打つ。
「うわぁ」
レビアが何を先読みしたのか、小声で呻いた。
説明してほしいが、頼める場面ではない。
「でも、カートは間に合わなかった。それどころか事後、貴方に追いつくのがやっと。今までのカートの実績や働きぶりから考えて、あり得ないことだと思うけど?」
女王リオナの声が危険なものを帯びる。ここにはいない誰かに言葉を剣のごとく突きつけているかのようだ。
「それは」
自分を責めるつもりはやはりないようだ。代わりに別の誰かの責任を問おうとしている。
「それは」
確かにカートの全力疾走ならば、追いつけていたかもしれない。
(あぁ、なるほど)
パターガーは理解した。
確かにレビアの言う通り『うわぁ』だ。パターガーも声に出したくなるのをぐっと堪える。
「カートの脚を引っ張った者がいた。カートの脚を遅らせた者がいて、そのせいで我が国は黒騎士に逃げられた。違う?」
女王リオナがわざとらしく尋ねてくる。本当は誰のことを言いたいのか丸わかりだ。
「それこそ、もし。もしよ?他国人であったなら、黒騎士との内通も疑うべきかもしれないわね?」
とても楽しそうに女王リオナが問うてくる。
どうやらティスのせいでカートが間に合わなかった、という点を突きたいらしい。
迂闊には頷けない。頷いてしまえば、次に待つのはティスの断罪だ。
カートのように熱を上げているわけではないのだが。やはり自分の言葉をきっかけに何かされるのなら、寝覚めが悪い。
「さぁ、どうでしょうか。それは、うちの隊長に訊いて頂かないと」
心の余裕がなくなって、パターガーは口調が素に戻ったことを自覚する。額には玉の汗が滲んでいることだろう。
ティスを守りたいというよりも、パターガーとしては巻き込まれたくない。
「あら?一応、エフローでカートたちと合流していたはずよね?報告書には、そう書いてあったはずだけど?なぜだか貴方は伏せたのかしら?でもね、私の予想じゃ、黒髪黒眼で、変な黒い格好をした女だと思うのよ」
女王リオナが首を傾げて言葉を並べた。
誰のことかは丸わかりだ。
(そこまで分かってて。いや、そうまでして、俺に言わせたいのかよ)
パターガーとしては、特に女王リオナに対して悪い印象は無い。あくまで上司のそのまた上司である。
だが、ティスについても同様だ。あくまで上司の恋人である。
(まぁ、確かにカートさんを、バールの女に取られりゃ穏やかじゃないか。それでバールにでも移住されればたまったもんじゃないが)
狂戦士を歴代、ラデン王国に留め置くための政略結婚だったのだが。女王リオナの代になって、女児一人というのが、ことをややこしくした。
(女王陛下であるならば、他国の王族と婚姻されるべし、っていうカートさんの考えもよく分かる)
そんなカートの思いとは裏腹に初恋をこじらせているのが女王リオナだ。
「ねぇ、パターガー。誰だか名前を教えてくれる?それだけでいいの。名前を言うだけで。そうすれば後は私が自分で全部やるから。手筈は整っているのよ」
薄く口元だけで笑って、女王リオナが促してくる。
目が笑っていない。
「カートと同行すれば逃げ切れるって浅知恵がそもそも気に入らないのよ。こうなったら、馬に蹴らせて処刑してやるんだから」
更に小声でブツブツ呟いていた。
(だから怖いですって)
パターガーは心の中で大いに叫ぶのだった。
このままでは巻き添えを食うのではないか。もう白状してしまったほうが楽かもしれない。少なくとも自分は馬に蹴られて処刑されることもないだろう。
それにもう、どうせティスのことだと女王リオナには分かっているのだから。
「いい加減にしてくださいっ!」
しかし、パターガーよりも早く、レビアが立ち上がって叫ぶ。
「陛下っ!なんでパターガー様を尋問するんですかっ!大変、危険な任務から戻って、これからお休みなのに!酷すぎますっ!」
レビアが怒っていた。彼女の目には先のやりとりが尋問に見えたらしい。
「ええっ、違うのよ、レビア、私は」
思わぬ方向からの攻撃に女王リオナが動揺している。
「シュルーダー卿とくっつきたいのなら、御自分で頑張ってくださいっ!」
容赦なくレビアが怒鳴った。
「違う、違うのよ、レビア、私は」
おろおろと女王リオナが自分とレビアとを見比べる。
「あまり、パターガー様に酷くするんなら、もう、守ってあげません!今日は私も休暇だから、帰りますっ!」
一方的にレビアが言う。とらえようによっては、職務放棄なのだが大丈夫だろうか。
パターガーとしては弟子のことが心配になる。
「おい、レビア」
パターガーは小声でたしなめにかかる。自分を弁護するために失職どころか不敬に問われればあんまりだ。
「いいんです。そもそも陛下がとっとと素直に告白すれば良かったのに、しないんだから。自業自得です」
そしてレビアが言い放ち、パターガーは手を引かれて女王リオナの執務室を後にする。
少し執務室を離れるとレビアがペロッと舌を出す。
「大丈夫です。陛下もご自分が理不尽したって分かってるんだから。こうなると思って、ついてきて正解でした」
楽しそうにレビアが言う。
「でも、助けてあげたんですから、パターガー様に私、ご馳走されたいです」
強かな弟子なのであった。
「分かった、分かった」
確かに命拾いしたのかもしれない。もし白状していたら、カートに恨まれていたかもしれないのだから。
パターガーは思い、快諾するのであった。




