75 パターガーの報告2
「あと、陛下、物凄くご機嫌斜めですから、気をつけてください。パターガー様には八つ当たりしないと思いますけど」
更にレビアが嫌なことを告げて、肩をすくめる。
「それは、分かりきってるな」
苦笑いをまた作ってパターガーは応じた。
カートを伴うことが出来なかった段階で、女王リオナの不機嫌など分かりきっている。ましてや恋敵のティスと一緒なのだから、気が気でないだろう。
「しょうがない御方なんです、本当に」
更にレビアが加えるのだった。
あまり今日は人が多くないらしく、廷臣ともすれ違わない。
そのまま女王リオナの執務室に到着する。木製の扉がこういう報告のときは重苦しくてならない。
パターガーが心の準備をしていると、レビアが勝手に扉をノックしてしまう。
「陛下、パターガー様をお連れしました」
レビアが中へと告げる。
しばらく沈黙が続いた。
何だというのか。ノックしたレビア本人も苦笑いを浮かべていた。
「入ってちょうだい」
中から女王リオナの声が応じた。気持ち、不機嫌そうな声に思えてならない。
「失礼します」
パターガーは静かに扉を開いて執務室内へと入る。
小さく黙礼してから更に跪いた。元は盗賊だったことを思うと、一連の所作もサマになってきたものだと思う。
隣では同じく、何食わぬ顔で当然のようにレビアも跪いていた。まるで一緒の任務に就いていたかのような態度だ。
「黒騎士追跡の任務、ご苦労だったわね。他に単独で追いかけられる人間もほとんどいないから、本当に助かったわ。自由にのさばらせておきたい相手ではないから」
思いの外、穏やかな口調で労われた。
顔を上げると微笑みを張り付けている。だから安心できるわけでもないのだが。とりあえずパターガーをなじる方向ではないらしい。
一応、任務の概要は女王リオナにも書面を送って伝えてはあった。出頭したのは、細かい質疑を受けるためだ。
「はっ、逃げるのは上手い。手慣れていると言っても良いでしょうな。バールが手こずるのもよく分かる、そんな逃げ足でございました」
跪いたままパターガーは答えた。
密着追跡を続けることで、黒騎士の思い通りにさせなかったという自負はある。
(陛下も、露骨にカートさんのことで、俺に怒るお人柄ではないが)
遠回しに何をされるか読めない、という恐怖はあった。
「そうね。私としては当然、仕留められるなら仕留めるに越したことはなくて。パターガー、貴方程の実力者でも、それは難しい相手だった。それは、よく分かるわ」
女王リオナが更に続けた。言いたいことはよく分かる。贅沢を言えば仕留めたい、というのは為政者としては当然だ。
(生きていりゃ、どこで魔獣を呼び出されるか、知れたもんじゃないんだからな)
パターガーも納得だ。
「ヤツの狙いは、しかし、聖女エスト様のようです。聖女様をしっかり見ていれば、これ以上、不意を討たれることも無いかと思いますが?」
これも報告してあることだが、パターガーは重ねて告げた。
「ええ、だから彼女にはクイッドをつけた。それにヨギラスたち騎馬隊も、遠巻きに監視しているから。そちらは万全なのよ」
女王リオナがビアルとレビアに視線を移した。
だからこの2人が今、女王リオナの身辺をしっかり守っているということだ。
(ビアルの坊っちゃんも、腕利きだからな)
パターガーはビアルと目が合ったのでにやりと笑う。特にレビアと連係すれば、かなりの相手ともやり合えるはずだ。
「レビア嬢とビアル君がいれば、女王陛下の御身もしっかりと守り抜くことが出来ると、俺はそう愚考しますし、今回のように思い切った、人の差配も出来ますな」
パターガーはレビアを労う意味も込めて、女王リオナに告げる。
くすぐったそうにレビアが身動ぎした。こんなことをしているから、懐かれてしまったのかもしれない。遅れてパターガーは反省した。ビアルの方も嬉しそうなのだが。
つまり自分は男女問わず子供に懐かれている。
「ええ、そうね。だから、私は今回の黒騎士追跡にあたって、カートも派遣したわけなのだけど?」
しかし、話題がなぜだかここからカートへと移る。
(そら来た)
パターガーは内心で身構える。
今回の報告で、カートとティスのことに女王リオナが言及しないはずがなかった。
(しかし、あの娘さんも大胆な人だよ。女王陛下に何をされるか分からんからって、カートさんと駆け落ちみたいなことをして)
現場で黙認する格好に、パターガーはなっていた。かといって面と向かってあの2人の邪魔も出来ない。
「ねぇ、パターガー。貴方は、カートと黒騎士が直接対峙した場合、どちらが勝つと考えて?」
柔らかい口調で女王リオナが尋ねてくる。
愚問だ。ラデン王国の臣民どころか黒騎士本人に聞いても同じ答えが返されるはずである。
「それは、カート殿ですな」
パターガーは即答するのであった。




