74 パターガーの報告1
エストらがちょうどギガンヒッポスを倒した頃、パターガーは王都リクロに帰り着いていた。
そのまま任務の結果を報告するため、王宮内を歩いている。正直、少々、気が重い。
(違う話もさせられそうだな)
領地に残ってしまったカートとその想い人であるティスのことを思い出して、パターガーは苦笑いだ。
(まぁ、何を言われても、とにかくすいません、分かりません、だな)
カートを伴ってきていないことで、間違いなく自分は何か小言を言われる。遠回しな嫌味かもしれないし、別件を持ち出されるかもしれない。
平時は理不尽とは程遠い人物だが、カートが絡むと人が変わってしまう。
女王リオナの金色の瞳を思い出して、パターガーは苦笑いだ。
「で、お嬢ちゃんは、なんで俺を監視してるんだい?」
ちょうど庭園を見渡せる廊下に差し掛かったところで、パターガーは背後の人物に声をかけた。王宮に入ったあたりから、自分をちらちら見ていて様子だ。
ゆっくりとパターガーは振り向く。
「監視じゃなくって、いつ声をかけようか、恥じらっていたんです」
口を尖らせて、紫髪紫眼の少女が姿を現す。
女王リオナの護衛レビアだ。双子の兄ビアルの方は別行動らしい。
小さな弓と矢筒か背中越しに見え隠れしている。くりっとした瞳が可愛らしい少女だ。
(で、俺の素顔をあまり怖がらない)
一応、弓の弟子ではあった。
「お嬢ちゃんが恥じらうのは分かるが、相手が俺じゃあな。俺ぁ、お嬢ちゃんの倍近く生きてる、おっさんだぞ?」
パターガーは苦笑いのまま伝えた。
この少女から好意をなぜ向けられるようになったのか、パターガーにはさっぱり分からない。王宮で顔を合わせる度、こんな話をするようになった。
「そりゃ、私の年なら半分の子に告白されても困りますけど。私はもう16だもん」
レビアが胸を張って答える。
言い返してくるのも上手くなったかもしれない。会話のやりとり自体はパターガーも嫌いではなくなっていた。
「俺からしたら、まだまだお子様だよ」
カラカラと笑ってパターガーは歩き始める。
「ラデン王国じゃ、私、もう結婚できる年ですよ?」
レビアが追い縋ってきて告げる。一緒に女王リオナの執務室にまで来るつもりなのだろうか。
別におかしいことではない。双子の兄ビアル共々、専属の護衛に抜擢されているのだから。
「そりゃ、若い人同士の話さ」
応じるにパターガーは留めた。
『ラデンの暗殺仮面』などと呼ばれている。不意討ちをすることはよくあるのだが、実際に暗殺などしたことはない。機動力を駆使して一方的に敵を仕留める姿を誰かが見て、勝手に呼び始めたあだ名だ。顔面の凄惨な傷痕のせいで、妙な信憑性があるとのこと。
(そんな奴に懐くんじゃぁないよ。まぁ、子供だからこそ、なのかもしれねぇがな)
顔の怖さを除けば、変わり者のカートなどよりも自分のほうが接しやすいのかもしれない。かつては公爵令嬢のアニス・エルニスですら懐いていたものだ。
(確か、2人とも同い年だったな)
あのアニスの義姉だから、エストのことも何かあれば助けようぐらいには思っているのだが。今のところ、そんな局面にもなっていないのだった。
「私はパターガーさんが良いんです。他の人達には良さが分からないみたいだから、あわよくば独り占め出来そうだし」
いたずらっぽい笑みとともにレビアが告げる。いつの間にか追いつかれて隣に立たれているのだった。
「子どもには人気があるみてぇだな。顔を隠していりゃぁだが」
パターガーは笑って告げると、レビアの紫の頭に手を置いてやった。そのまま手荒く撫でる。
くすぐったそうにレビアが逃れて、少し左に逃げた。
「私には、顔、隠さないでください。気にしたこと、無いんですから」
レビアが膨れっ面だ。あまり言われたことのない言葉である。
「嘘つけ。初めて会った時には泣き出して、大泣きして、ビアルと一緒に苦労したんだぜ?忘れちゃいねぇだろ」
笑ってパターガーは指摘する。
初めて稽古をつけた時でもあった。双子の兄ビアルの方が、妹の大泣きを前にして我慢して、顔を強張らせるに留めていたものだ。
2人で泣き止むまで待って、そして訓練を始めたのだ。数日後にバール帝国からやってきたアニスと2人、めきめきと腕を上げたものである。
「それ、10歳とかの時の話ですよね?子供の時過ぎて、ほぼ別人です」
レビアが口を尖らせる。
「それに、アニスだって泣いてました。あの娘の方が、メソメソして、長く泣いてたはずです」
更によく分からない張り合い方をレビアがするのだった。
「やめとけって、アニスのお嬢ちゃんは今頃、皇太子妃じゃねえか?不敬罪になっちまうぜ?」
姉妹弟子だが、2人とも仲は良かったようだ。未だに文通もしているらしい。
2人を弟子にしていた当時、自分はまだ20代の半ばだった。カートと出会った時期ではないか。当時から人間離れした男だった。
(すっかり、俺はここで落ち着いちまったなぁ)
レビアと話していると、どうしても昔を思い出してしまうのであった。




