7 報告
聖女エストとその侍女ティスをラデン王国王都リクロに無事、護送してくることに成功した。
カートは今、王宮で報告のため女王リオナに謁見させられている。非公式のものとのことで、他に臣下はいない。2人きりだ。時折、女王リオナが見せてくる親近感の一つではあった。
(女性2人であんなところに、大丈夫か?)
一方、カートは目の前の女王よりも、送り届けた屋敷の惨状を思い返すにつけ、ティスのことを心配する。
「で、どうだったかしら?カート、バール帝国の元聖女エストさんは?」
女王リオナが面白がるような口調で尋ねてくる。なお、目は一切笑っていない。
「は?俺がこの目で神聖魔術を観る機会はありませんでしたのでなんとも。必要とあらば、部下のクイッドに報告させますが」
首を傾げてカートは答える。
「そうじゃなくって。バール帝国随一の美少女と評判だったわけよ。彼女は。そんな娘を見ても貴方は何も思わなかったわけ?」
女王リオナが呆れた様子で言う。
確かに人形のように整った容姿だった。綺麗な桃色の髪に、バッチリと大きな紫色の瞳を可愛らしいと感じる者も多いだろう。
だが、自分は別に人形は好きではないのである。
「また、俺の嫁探しでしたか?」
カートは露骨にため息をついてやった。とてつもなく非礼なのだが、昔からこの手の話が出たときにはうんざりさせられる。
なぜか時折、女王リオナが自分に妻となる女性を進めようとしてくるのだ。
「そんなことの前に、ご自身の婿を見つけるべきではありませんか?」
わざと胡乱な眼差しをさらには女王リオナに向けてやる。同じ22歳であり、独身なのだ。先王が男児に恵まれなかったため、リオナが女王となったという経緯がある。
女王にリオナが就かなければ、自分との関係性も変わっていたかもしれないのだが。
今や、血をつなぐのも女王リオナにとっては重要な責務なのだ。年齢的には既に『行き遅れ』とも言われかねない年齢に差し掛かっている。
(俺で遊んでいる場合ではないでしょう)
カートは思うのだった。
「私のお婿さんも、貴方のお嫁さんも見つかるわけはないのよ。いい加減、分かったでしょう?」
謎めいた笑みを浮かべて満足気に女王リオナが言う。
「見つからないというわけにはいかんでしょう。特に陛下は。お気の毒ですが、そんなご自由は無いかと」
同情しつつもカートは告げる。女王リオナの場合、どうしても結婚には政略が付き纏う。自由に好きあって結婚、という立場には無いのだ。
「探す必要が無いだけよ。この国は自前で落ち着いたし、私の結婚を政治に利用する価値も今となっては薄いんだから」
肩を竦めて女王リオナが告げる。
確かに隣国バール帝国などと比べれば小国ながら、強固な国となりつつはあった。
「お世継ぎの問題もありますから。それなりの人物であるべきでしょう」
カートは告げる。他の廷臣がいる場所では出来ない話題だ。
「そして聞き流しておりましたが、私は心を動かされる相手と巡り会えましたよ。まだ、どうなるかは分かりませんが」
報告が済んだ以上、私的な話をする場だと解釈してカートは告げる。半ば自慢も入っていた。
「え」
なぜか女王リオナが絶句した。
途端に剣呑な眼差しとなり、氷のような雰囲気が漂う。ただ自分には向けられていない気がする。
「どうされましたか?」
怪訝に思い、カートは尋ねていた。
「どこの誰かしら?まさか聖女エスト?結局?まだ17歳にもならない少女だったと記憶してるけど」
とてつもなく冷たい声で女王リオナが言う。
「確かに私よりも若くて愛らしくて、魔力もかなりのものらしいけど」
震える声で女王リオナが続ける。
(一体、なんだっていうんだ。ご自身だって麗しい女性で魔術師でとあるというのに)
時折、女王リオナが昔からこうなる。いきなり自己否定をカートの前で始めるのだ。昔馴染みゆえの甘えだろうと思っていた。
「いずれも陛下には至らないでしょう」
さらりと、カートは告げる。昔から自分だけは承認してやらないとこれはおさまらないのだ。
「じゃぁ、どこの誰なのよ、貴方の想い人は」
しかし今回はそちらを言わせたいらしい。
ごく個人的なことだ。
「なぜ、陛下に報告せねばならんのです。まだどうともなっていない相手を」
カートはさすがに苦言を呈する。実際に婚約するぐらいまでの交際でない限り、詮索されるいわれはないはずだ。
言い返せないのか。女王リオナが自分を睨みつけてくる。年相応の若い女性と思わせる仕草だった。
「そうだわ」
ふと、低い声で女王リオナが切り出した。
おそらく碌なことではない。カートは身構える。
「私の生誕祭が10日後だったわね。貴方も来てくれることは確定しているわけだけど。舞踏会もやるわけだけど。我が国を代表する軍人ですものね?まさか1人では来ないでしょう?」
女王リオナが嫌味ったらしく尋ねてくる。
実のところ、1人で行くつもりだった。どうやら生誕祭にかこつけて連れてこい、と言いたいのだろう。
「陛下、相手の意向もありますので」
カートは素っ気なく釘を差しておく。
「別に、あなたが振られてしまえばそれはそれまでなのよ。早くとっとと次の恋に進めば良いの」
同じぐらい素っ気なく女王リオナが答える。
あんまりだ。横暴である。
当然、今、カートの脳裏に浮かぶのは落ち着き払っていてもどこか可愛らしさも兼ね備える、ティスであるが。
「まったく、他人事だと思って、とんでもないことをおっしゃる」
カートはぼやくのだった。
「そう。他人事のうちは。とっとと終わってほしいから。自分の生誕祭すらも利用するのよ」
しれっと女王リオナがようやく機嫌を直して告げる。
「まったく、とんでもないお人だ」
暴君である。
それっきり、なぜ呼び出されたか分からぬまま、カートは女王リオナの前を辞す。
翌日、かねてから出されていた招待状に、『恋人の分』と添え書きのしてあるものが加えて送られてきた。
「さて」
言われた以上はティスを誘うしかない。
(しかし、このままでは、ドレスが無いだろうな。彼女は。それに女性なら装飾品も要るか?)
断られそうな理由を全部潰した上でティスに頭を下げて懇願してみるしか無い。
気付けばまんまと女王リオナの掌の上で、カートはティスへの恋慕を自覚させられ、行動に移し始めてしまっているのであった。




