64 大聖女の連珠2
「この洞穴がさ、どう見たって本命だと思うのよね」
エストがトコトコと洞穴へと歩み寄っていく。
この雰囲気にも一切、気圧されていない。
(つまりここは、聖女にとっては、苦にはならない。俺が圧倒されているのは、怖いぐらいに神聖だからってことなのか?)
ついクイッドは考えてしまう。
人間誰しも多少は邪なものを持っているものだ。一点の曇りもない心など持ち合わせていられるものではない。
クイッドとしては、人間というものについて、そう考える。邪なものがない聖女であれば、平気なのかもしれない。
「いや、だからって、俺より前に、未知の場所に突っ込んでいかないでくださいっ」
クイッドは駆けてエストの隣に立つ。
心根が清らかなのだとしても、心体的には普通の少女なのだから。
だが、気ままなエストが話を聞いてくれるはずもなかった。
「しかも、おあつらえ向きに深くない。ほら、こっからでも、いちばん奥まで見えるのよ」
エストが言い、無防備に洞穴を覗き込んだ。
「危ないですよっ!俺が先に立って、いざとなったら盾になりますから」
クイッドは背負っていた丸盾を手に持ち、手斧も構える。更にはエストよりも前に立つ。
幸い、いきなり中から何が飛び出してくる、といえ予感はしてこない。物音などもしなかった。
「大丈夫よ。それに私だって、いつも守ってもらってばかりなんだからさ。こんな空気の綺麗なところなら大丈夫よ。そうクイッドに言ってあげたいじゃないのよ」
咄嗟には理解しがたいことをエストが言う。
要するにエストとしては、安全だと分かりきっている場所なので、安全だと証明することがクイッドの負担減になるのだ、ということらしい。
(分かりづらいことを言う人だなぁ)
クイッドは半ば呆れてしまうのであった。
だが、今後も冒険を続けるにあたって、この調子では早晩、エストが命を落とすこととなりかねない。
「俺は前衛、エスト様は後衛。こういう場面では聖女様が戦士の後ろです。役割分担ですよ」
かねてからエストが前のめりになったら、ぶつけようと思っていた言葉をクイッドは繰り出す。
「うーん、そうなのね?そうかしら?」
不満そうながら、それでも納得して狙い通りにエストが後退する。
(言って、分からない人じゃないんだけどなぁ)
クイッドは洞穴を覗き込みながら思う。
なぜバール帝国では厭われたのだろうか。
『口だけ聖女』という悪口があることは知識として知っている。
(でも、騎士団の派遣とかで魔獣駆除が済んでいたんなら、それはそれで良かったんじゃないかな)
別に奥の手としてエストに控えてもらうのではだめだったのだろうか。
(あぁ、でも、それならそれで、話は別で弱いままじゃ困るのか)
分かるような分からないような。クイッドは首を傾げつつ、ようやく洞穴を観察できるのだった。
確かに深くはない。
陽光の届く範囲までで奥行きが留まる。壁が見えており、その手前に祭壇のような石の台が鎮座していた。
1人掛けの椅子ぐらいの大きさだ。
「これよ、これ!お母様のだわっ!」
興奮したエストがぶつかってくる。
本当にはしゃいでいるらしく、声が弾んでいた。
「きれい。これ、そうよ。私に遺してくれたのよ、頑張りなさいって。間違いない。集中して見てるとさ、すんごい力を感じる者」
更にまくし立てるエスト。
自分を差し置いて、洞穴へと駆け込もうとする。
「待ってください、ちょっと調べるなり、様子を見るなりしてからじゃないと」
クイッドはなぜだか恐怖に駆られてエストを制止する。
おかしい。物音が他にしないことも相まって、恐ろしいぐらいだ。
「なによっ!調査もなにもないでしょ!聖女の私にしか分からないんだから。で、母様の手帳とか日記とか、聖女の装備の一覧とか、いろんなのに載ってた。大聖女の連珠よ。あれ一つ一つが聖なる宝珠で、すんごい力があるの」
エストが露骨に苛立って告げる。
まるで力に魅入られたかのような、そんな様子だ。
こんなに執着する姿を見るのも初めてだった。取り憑かれたかのように言葉を並べるエストが、クイッドには恐ろしい。
「例えば、魔術師に今度は同行してもらって、おかしなところがないか、とか。一度、確認してから動かしましょう。そんじょそこらの物を回収するのとは、わけが違うんだから」
クイッドはもう一度、慎重策を提示する。
連珠の下で、あの石の台よりも下にも何か巨大な力が眠っているのではないか。そして、この重しが除かれるのを虎視眈々と待っているのではないかと思えてならない。
「馬鹿馬鹿しい。私のお母様が遺してくれたものを、娘の私が回収するってだけなのよ。何よ、確認って」
構わずエストがつかつかと連珠に歩み寄る。
そして大聖女の連珠を掴み取った。なぜだか足が竦んでクイッドは動けない。
(あっ)
しかし、何も起こらない。
杞憂だったのだろうか。
「ほらね。なんともない。むしろ、凄い力をやっぱり感じる。凄い術、使えるようになったわよ?」
満面の笑みでエストが言い放つのであった。




