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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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63 大聖女の連珠1

 川を辿って、岸沿いに遡上して。クイッドたちは聖流ハトメアの源泉に辿り着く。ここまではクイッドも来たことがあった。

「すごい、水が透明だわ。川底まで丸見え」

 無防備にエストが泉のほとりに近づいて声を上げる。

「ま、水は透明なんだから当たり前か」

 そして無反応だったクイッドを見て、急にエストが冷静さを取り戻す。

「いや、そんなこともありませんよ。泥とか砂とか、そういう不純物が混ざって、水は濁るんですよ。こんなに澄んでるのは、上流だったり、源流だったりだからです」

 クイッドは笑って説明する。水の透明度に感動するのも、よく分かるのだった。

「あっ、そうなんだ。ずっと水が綺麗だったから、なんか今更、感動して馬鹿みたいって思っちゃった」

 肩をすくめてエストが言う。

 そして落ち着いたのか、辺りをキョロキョロと見回す。

「どうですか?」

 早速、聖女以外には分からない何かを見つけたのだろうか。

 クイッドは逆にエストの反応を窺いつつ尋ねる。

 実際、自分の目には前回と同じ泉しか見えないのだった。

(でも、ランパートの森でも同じだったし。あのカート隊長ですら、あんな場所があるって知らなくて、気付かなかった)

 感覚が人並み外れて鋭いカートですら、気付かない場所である。クイッドとしては、存在が未だに信じられないぐらいだ。

「何かある。ていうか、いる」

 エストが何かを探すかのような動きをした。

(やっぱり、何かあるのか)

 ランパートの森のときと同じだ。

 エストが泉の岸から離れる。少し泉を遠巻きにして一周した。さらにもう一周回る途中で立ち止まる。

 藪があった。特徴も何もない。ただ小さな木が固まっているようだ。

(少なくとも俺にはそうとしか見えない)

 クイッドはエストの後について思う。

「この先が怪しい」

 神聖な場所を目指しているとは思えない発言をエストが吐く。

 藪が続いている。ただ先に広がるのは林だ。

 道などは何処にも見当たらない。

「ちょっと行かなくちゃ」

 エストが告げて、クイッドの応答を待つことなく膝をついて四つん這いとなる。

 そのまま藪の中へと這っていってしまった。

「ちょっと!エスト様っ!」

 クイッドは慌てて追いかける。

 何がいるのか分からない上、藪の中に元貴族令嬢が突っ込んでいって大丈夫なのだろうか。

 藪の中にあって、視線の先にはエストの小尻が見える。

「エスト様っ!待ってくださいっ!」

 クイッドも藪の中を這っていくのだが。一体、どこに向かうつもりなのだろうか。

 答えることなく、エストが進んでいく。

(言ってくれれば、俺が手斧で木の枝なんか切り払うのに)

 斧使いであるクイッドは思うのだった。

 自分とても16歳というお年頃である。顔が美しいと分かっている少女の尻を追いかけさせられるのは、なかなかに堪えるのだった。

 ちょっと平静ではいられなくなりそうで困る。

(いや、何を考えてるんだよ。俺は従者でこの人は聖女様)

 クイッドはため息をついて、エストを追いかけるのだった。少なくともエストにとっては、自分はあくまで前衛であり、そういう認識はないようだ。

 しばらく藪の中を進む。

 小柄なエストが四苦八苦しながらも着実に少しずつ進んでいく。盾やら斧やらを携帯している自分のほうが手こずっているぐらいだ。

 先にエストが藪を出た。

 立ち上がって数本進んでいく。

「ほら、それっぽい所に出た」

 遅れて藪を抜け出たクイッドに、誇らしげにエストが告げる。

 木の葉や枝がこびりついており、白地のローブもところどころにほつれが生じていた。幸い、肌の露出も傷も無いようなのだが。

(こんなところ、あったか?)

 クイッドはあたりを見回して、ゾワリと鳥肌が立つのを感じた。

 林に囲まれた広場のような場所であり、通ってきた藪と、エストの背後には洞穴が見える。ここに至る道など無い、ということでもあるのだが。

「なんなんだ、ここは」

 クイッドは呆然として呟く。

 なぜ、エストにしかたどり着けない場所がいくつも存在しているのだろうか。

 妖しい雰囲気こそ無いものの、圧倒されるような気持ちになる。理由はなんとなく分かった。雑音が無いのである。

「ここが、どこだかも分かんないけど、クイッドのその反応。こないだと同じなんでしょ?」

 笑ってエストが尋ねてくる。綺麗な顔立ちだが、藪の枝にやられたのか、頬のあたりが微かに赤くなっていた。

「まぁ、そうですね。こんなところ、俺も、多分、隊長たちも知らないと思います。少なくとも俺は、初めて見ました」

 クイッドは素直に認めるしかなかった。

(でも、ランパートの森では、俺はゴールドバックと戦った後だから気付かなかったけど)

 改めてこの静謐な空気に身を置いてみると分かる。

(確かに迂闊に手を出してはいけない、そんな雰囲気を感じる)

 クイッドはカートのしていた警戒を今になって理解するのであった。

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