62 失尾3
ティスに苦労をかけておいて、そのくせ、さも恋人を連れているかのように、澄まし顔でカートが自分の前に現れたのだ。多少、からかってやりたくもなる。
「で、婚前旅行に俺の任務を巻き込んだんですかい?」
パターガーは盗賊駆除を前提にして、あえてそれを婚前旅行と言い放つ。黒騎士追跡も自分一人で良かったのに、なぜ来たのか、という疑問も含まれる。
「いや、俺の任務にティス殿を巻き込んだんだ」
真顔でカートが答えた。どこまでも生真面目な男のだが、パターガーの意図は分かっているはずだ。
「なるほど」
パターガーはすんなりと頷く。
(カートさんが思っているのと、また別の理由がこのお嬢さんにはある、と)
当の本人、ティスがカートの隣で申し訳なさそうに縮こまっていた。
王都リクロにいられなかったティスの理由が、カートにだけは分かっていない、ということらしい。
(そう考えると、このお嬢さんも大したもんだな)
これまで、カートに思いを寄せた女性はもちろんのこと、カートが思いを寄せた女性は全て、女王リオナによって排除されている。
実際は違う可能性もあるのだが、少なくともパターガーの目にはそう映っていた。
単独で王都に残っては、女王リオナからどんな圧力を受けるか分からない。だから、カートにくっついて南東部にまで逃れる、という女王リオナも拒みづらい理由で逃げ延びてきたのだ。
パターガーはそう、ティスの意図を察した。
「俺には、あんたのことが好きでたまらないから、それでくっついてきたように見えるが?」
パターガーは助け舟を出してやる。これで意図的にカートから守ってもらえるのなら、ティスにとっても悪くないのではないか。
「そんな、恥ずかしいです」
余計なお節介だったらしい。ぶんぶんとティスが首を横に振る。
カートが骨抜きになるのも分かる可愛らしさだ。
現にとても微笑ましいものを見る視線を、ティスに向けている。
とんだお惚気を見せつけられてしまった。
だが、カート本人は女王リオナのやっかみについては無自覚と来ている。
(あんたも残酷な男だよ。良い人なんだけどな。部下してる分には)
パターガーはつくづく思うのだった。女王リオナも場合によっては気の毒に思えるほどだ。
「で、黒騎士は逃げたのか?バール側に、か?」
カートが本題を切り出す。
(あぁ、そういや、それでこの2人は来たんだったか)
パターガーは話している内に忘れてしまったのだった。自分にとっては確定事項だったせいだ。
「悪いな。逃げられちまったよ」
肩をすくめてパターガーは答える。
言葉ほど、悪いとは思っていない。簡単に捕まるようなら、疾うの昔にバール帝国で討たれていたはずだ。そこにラデン王国が差し向けたのが、自分個人である。
(評価が高いなら嬉しいが。過大評価ならシンドいな)
パターガーとしては、そう捉えていた。
「逃げることと安全を確保することには長けてるんだろうな。そこを超えるのが戦いだが、まぁ、そううまくはいかなかった」
更にパターガーは加えるのだった。
「いい。確実に討つつもりなら、陛下はヨギラスに双子も差し向けるべきだった。陛下の守りを考えずに、俺が追ったって良かったしな。いずれもしなかったのが落ち度だ。本当に始末する気だったんならな」
案の定、カートも責めない。そもそも当初、パターガー一人に追跡を命じた本人である。
(あの段階では他ならぬあんたが、黒騎士討滅までは考えていなかったってことだな)
パターガーはそう解釈していた。
おそらくカートにも助力を命じた理由は別だと思う。
無意識にティスの方を見てしまう。
「では、この任務はここで終わりですね。王都に帰りますか?」
肩の力をストンと抜いて、ティスが尋ねてくる。
「なんだい。ずいぶんと名残惜しそうじゃねえですか」
パターガーはティスを冷やかしてやった。
途端にまた恥ずかしがって俯く。恥じらう気持ちが隠せていなくて、どこまでも容姿の整った聖女エストとはまた違い、仕草や表情が可愛らしい。
(まぁ、カートさんの前でだけかもしれんがな)
パターガーも今日を含めて、まだ2回しか会ったことが無い。まともに会話をするのは、今回が初めてぐらいなのだ。
「やめろ、パターガー。そういうんじゃない。あまりティス殿を困らせるな」
カートがティスを抱き寄せてたしなめてくる。裏腹に積極的に独占欲を示しているのだった。
腰を抱き寄せられたティスが真っ赤になっている。
「あんたは少し、女心を勉強したほうがいい」
どう見ても『そういうの』なのではないかとパターガーは思う。
「そう見えるのか」
さすがに言わんとしていることを察して、でれっとカートが喜ぶ。
「いえ、それはその」
そしてしどろもどろのティスがパターガーとしては可愛らしい。
美しくはあれど、隙の無さ過ぎる女王リオナには惹かれないのだから、カートの好みがこちらなのだろう。
ある意味では一貫している。
「でも、実際、真面目な話、どうしますかい。来てもらったはいいが、任務が宙ぶらりんだ」
自分が話を先に進めるしかない。パターガーは尋ねた。
「パターガー、お前は陛下に任務の報告をしてくれ」
カートがティスを見つめて命じてくる。
嫌な予感がした。
「隊長は?」
答えを予測しつつ、パターガーは尋ねる。
「別に俺の方はこの任務に期限など言われていない。ティス殿とともに、自分の領土であるここに居残って黒騎士が戻らないか監視する」
女王リオナから何を言われるか知れたものではない。
だが、命令への拒否権もなく、やむを得ずパターガーは王都へ帰投するのであった。




