61 失尾2
「とりあえず逃げちまったんなら、用はねぇ」
パターガーは踵を返して最寄りの町へと向かう。
「とりあえず俺は役目を果たした」
すたすたと歩きながら呟く。
自分の本来の任務は黒騎士に張り付いて、その活動を妨害することだ。現にサカドゴミムシダマシ以降、何の行動も起こさせていない。
(どこぞかで修行してるっていう、聖女のお嬢様やクイッドを襲わせるわけにはいかないからな)
女王リオナとカートが、自分を黒騎士に差し向けた理由でもある。
最寄りの街、南東部州の州都エフローに至る。
温暖湿潤なラデン王国の中では珍しく乾燥した風土だ。土地も痩せていて耕作には向かない。比較的貧しい地域だとも、認識されていた。
(まぁ、それでも、本来は食うに困る程じゃあない)
自前での耕作には向かなくとも、他のラデン王国国内が豊作であれば、交易の中継地となれる。
エフローに至るまでの街道も整備されているし、宿屋も多いのだから。
(今なら、農作どころじゃないバールにでも穀物を売りつけてやれば、いい商売になる)
パターガーは街道の真ん中を闊歩しつつ思う。
乾燥に強い白木、ラバカン材で建てられた、簡素な木造建築が多い。どれだけの人間が住み着いているのだろうか。
「問題は移民の方だ。バールから入ってくるやつの質が悪過ぎて話にならん」
視界の隅で、老婆が倒れた。パターガーは呟き、矢でひったくり犯を射倒す。正確に左の脛に矢が突き立つ。
「ギャァァァ」
地面でのたうち回る窃盗犯。まだ若い男のようだが、着ている衣服はみすぼらしい。
パンの包みだったらしい。老婆がパンと包みを拾い直して逃げ去っていく。
(礼も言わねぇんかい)
視線すらも合わせなかった老婆に、パターガーは苦笑いだ。
「人のものを盗む奴が悪い」
カートがあらわれて、窃盗犯の矢傷に杖を突き立てた。
「ギャァァァッ」
一際、高い悲鳴があがり、流石にほかの通行人たちもギョッとして顔を向けていた。
思っていたよりも到着が早い。それなりに急いでくれたようだ。
「良いんですが?法の裁きというか、そういうのは受けさせなくても」
ティスという恋人も一緒だ。興味深げに窃盗犯とカートとを見比べている。カートの所業にも眉をひそめるということはない。
「ようやく、ご領主様の到着かい」
笑ってパターガーは告げる。皮肉と取られたのか、カートが嫌な顔をした。
別に特段の不満があるわけではない。いつも通りの軽口だ。
「町中では仮面をちゃんとつけておけ。せっかく善行をしたのに、怖がられて逃げられる」
仕返しのようにカートが指摘した。常日ごろ、あまり顔のことは言われない。
先程の老婆が逃げたのは、パターガーの傷痕を恐れたからだと言う。あり得ないことではなかった。王都リクロでも素顔をあまり晒せないのだから。
「礼を言われたくて、射倒してやったんじゃねぇですよ」
カラカラとパターガーは笑って告げる。
自分が狩人をしていた頃からの付き合いだ。
「あんなこそ泥くらいなら、俺一人でも十分なんでね。それこそ盗賊団でも、俺等二人なら、軽いでしょうよ。この際、根絶やしにしてやりませんかい?」
パターガーは町向こうに見える、小山を指して告げる。いかにも盗賊に潜んでいそうな小山だ。
「そうだな」
カートがじぃっと小山を眺めた。ただの山にしか見えていないのかもしれない。カートという男は、直面すれば簡単に駆逐出来るものの、あまり捜査するということには向いていなかった。
「盗っ人どもがいるんなら、それも悪くない。百害あって一利無しだ。この際、殲滅してやるか」
だが、盗賊を許すつもりが無いのも自分と同じだから、カートも物騒なことを言う。
「捕縛もせずに、いきなり処断なさるんですか?」
ティスが率直な疑問を口にする。
(まぁ、横で聞いてりゃ、そう思うよな)
パターガーはティスの反応に納得して思う。
通常の他の地区であればパターガーもカートもまず捕らえることを考えるのだが。
「無力化してから捕らえるのです。どう裁くにせよ、まずは武装もろとも本人を粉微塵にせねばなりません」
しれっとカートが返す。
当然、ラデン王国にそんな法律はない。だが、カートを女王リオナが処罰するわけもなかった。それは恋愛感情があるから、ということではない。
(何せ、カートさんはここの領主で、そしてこの国の歩兵総隊長だからな)
パターガーも自ら説明する気にもなれない。
本人からティスに言うべきことだと思う。
(そのせいで、カートさんから好かれたせいで、今、このお嬢さんは余計な苦労をさせられてんだからな)
カートと女王リオナを応援する貴族令嬢からのやっかみも、女王リオナ自身からの不興も、そこに起因している。バール帝国の一般歩兵に好かれるのとはわけが違うのであった。




