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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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60/70

60 失尾1

 パターガーは乾燥した木の幹に寄りかかる。

 単独で黒騎士の追跡に専従していた。

(たまにはクイッドのお守りから外れるのも悪くねぇ)

 期待の若手ではあるが、時には違うこともしたくなる。少なくとも自分はそうだ。

 今はもう、ラデン王国南東部であるカートの領地に入っている。移民が多くて落ち着かない土地だ。

「隊長が領地にもっといられれば、だいぶ違うんだがなぁ」

 底無しの体力で昼も夜もなく警らを続けられる。いざ不法を見かければ問答無用で叩きのめしてしまう。相手がカートでは誰も文句を言えない。

(今、王都が得ている平和がそのまま、ここの平和になる)

 南東部を出入口として使えなくなれば、ラデン王国に黒騎士のような輩が入ってくることもない。

「だいぶ、近づいたとは思うが。捕獲できるかは微妙なところだな」

 干し肉をかじりつつパターガーは独り言を呟く。

 荒れ地と灌木の林が交互に続く国境地帯だ。木陰に隠れて食事中である。

 追いつけないかもしれないというのは、腕前の話ではない。何も気にしさえしなければ、どこまででも追い詰める。

 だが、実際にはバール帝国との国境があって、そこを越えられてしまうと手の出しようがない。

 自分のほうは今、それなりに緊迫感のある情勢なのだ。

(だのに、カートさんはデートしながら追ってきてるってか)

 途中の村で速達を受けていた。遅ればせながら助力に来るという。それも今の恋人であるティスも同伴だ。

(ま、別にいいさ。遅れようが女連れだろうが)

 薄くパターガーは笑う。

 元より、人数をかければ上手くいく、という任務でもない。黒騎士と遭遇した場合、カートか自分でないと、返り討ちに遭う危険性のほうが高いのだから。

 追跡で良いのなら、パターガーとしては一人の方が良いぐらいなのだ。

「ちっ」

 パターガーは干し肉をくわえたまま、藪に向かって矢を放つ。

「ギィッ」

 マッドラクーンという漆黒の狸の尾が藪から覗く。 

 凶暴な狸型の魔獣を射殺してやった。大きくもなく、魔獣の中でも弱いほうなのだが、鋭い牙で噛みつかれれば大怪我をする。

「まったく、見え透いてらぁ」

 パターガーはボヤく。藪に紛れようとも近づいてくれば音や気配で分かる。

 黒騎士に肉薄したと思うぐらいの時に、必ず襲撃されるのだった。置き土産のようなものだ。

(時間稼ぎと牽制のつもりなんかねぇ)

 逃げるための魔獣の繰り出し方が上手い。時には少しずれた方向に、わざと目立つ魔獣を出現させることすらあった。

 それで王都リクロからずっと追跡しているのに、捕捉しきれないまま、南東の国境地帯にまで逃げられたのだ。

「尻尾も掴ませない。そんな逃げっぷりだが、そもそも俺でないと、ここまで追いつくことも出来なかったろうな」

 パターガーは自負していた。

 黒騎士を直接、目撃した者などいない。それでも聞き込みはする。似た者や魔獣の影、土煙などの痕跡を見聞きした者。更には実地でのパターガー自身の感覚を総合的に勘案して方向を割り出してきた。

 外してはいないのだろう。現に襲われ続けているのだから。

「今回はこれ、一匹かい。せめて、せっかく射殺してるんだから、焼いて食える魔獣を寄越してくんないかね」

 ここにはいない黒騎士にパターガーは注文をつける。

 硬くて臭くて不味いので、マッドラクーンの肉は食えたものではない。

 一応、襲われた以上は用心する。だから時がかかるのだ。

 パターガーは慎重に辺りを警戒してから、再び追跡を再開した。マッドラクーンの来た方向を辿る。おそらくは黒騎士がいたのも、そちらなのではないか。

 林の中。木の枝が数本、折れていた。不自然な痕跡だ。辿ってみると、古びた縄が地面に張ってある場所に出た。

 ラデン王国とバール帝国との国境だ。

「ちっ、だめだったか」

 パターガーはボヤく。

 バール帝国側に逃げ込まれたようだ。

 遠くの方で土煙が上がる。例のモグラで地表に出た時のものではないか。これもバール帝国側だ。

「まっ、いいや。嬢ちゃんに、射殺されてくんない」

 パターガーはポツリと零す。

 バール帝国となれば、思い浮かぶ顔があった。

 聖女の義妹。アニス・エルニス公爵令嬢である。何年か前に弓の修行でわざわざ弟子入りしにきたのだ。

 素性も明らかにしていて。それでもパターガーは遠慮なく自分の技術を叩き込んだのだった。自分とは弓手としての素養が若干違うものの、天才だ。

(人間性は、かなりトンチキだったけどな)

 パターガーは思い出して笑う。

 義姉とその婚約者への愛が同居するという。パターガーとしては信じられない精神構造だった。理解しがたい少女だったが、確かに的を即座に見切って弓を射る技術と才能には長けていて。おまけに馬にも乗れるので、騎射まで軽々と熟す。

 馬に乗れないパターガーとしては、当時は羨ましかったものだ。

(まぁ、ハチャメチャな嬢ちゃんだったな)

 改めて賑やかだった日々を思い出し、パターガーは微笑むのであった。

 


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