6 ラデン王国の王都リクロ
ラデン王国の王都リクロにバール帝国を追放された元聖女エストはたどり着いた。移動手段は女王リオナ直属の歩兵長だというカートの手配した馬車だ。
さらに後ろには護衛のカート、パターガー、クイッドの乗る馬車が続く。
(女王自ら部下を、か。有難がるべきなんだろうけど、さ)
エストは馬車の窓からずっと景色を見るばかり。
長閑な田園風景の延長に住宅地が現れた、そんな都市である。申し訳程度の城壁が町の外縁を囲み、壁の向こうには家々が並ぶ。
「良いところですね」
たおやかに侍女のティスが微笑んで告げる。
「どうかしらね」
幾分、つまらない不満を引きずったまま、エストは告げる。
婚約破棄され、国を追われた。『口だけ聖女』と皇太子自らに罵られてもいる。
(そんなのは、どうでもいい)
内心でエストは断じるのだった。
「せっかく見つけたのに」
エストはこぼす。
ランパートの森で発見した亡き母の首飾りのことだ。身に着ければ魔力を増幅できるものだと母の日記に書かれていた。
国外追放され、ちょうど良い機会なので回収したかったのである。
「そこは。お嬢様も現地で納得されたじゃありませんか」
苦笑いでティスが応じる。幼い頃から忠実に仕えてくれている侍女だ。今年で19歳だという。黒髪を耳のあたりで切り揃え、目立たないが美人だ。
ただし、本人は自身のことを女らしくないと思っている。もっと幼い、行儀見習いの頃は気の置けない友人か姉のようだったのだが。
(最近は澄ましてばっかり。今だってどう思ってるのかしら。ついてきてくれて助かってるけど)
エストはじいっとティスの顔を見つめる。
「あんたにまで言われたからよ。じゃなければ、手を引くなんてこと、しなかったのに」
エストは口を尖らせる。品のない仕草に口調だが、今では一般人なので咎められることもない。
本当はまた単独で、その時はクイッドたちの助けなしで、こっそり訪れれば良いと思っただけだ。だが今、思い返すと首飾り無しでは、またあの森最奥に辿り着くのは至難の業かもしれない。
「無駄な骨折りになっちゃった。あんただって、命懸けで戦ってくれていたのに」
さらにエストは加えるのだった。後で聞けばティスも多くの魔獣に囲まれて危機に陥っていたとのこと。
「いいんです、私は。お嬢様がご無事だったんですから」
頬に手を当ててティスが微笑んだまま言う。
一体、何を思い出しているのだろうか。
(よく言うわよ、白々しい)
エストはティスから再び窓の外へと視線を移す。
気が抜けそうになるほど平和な光景だ。
「で、これが終わった後も、あの歩兵隊長とは会うの?」
窓の外に顔を向けたままエストは意地悪く尋ねる。
「カ、カート様とは、私は」
あからさまにティスが動揺している。
(これで、何でも出来るんだもんね)
エストはため息をつく。
片や自分については焦りがあった。この国に入ってからの魔力の増幅が止まってしまったからだ。無限に強くなっていくのではないか。ぐらいに思っていたのでがっかりした。やはり首飾りは必須だったのだ。
「どこがいいのよ。あんな仏頂面の」
吐き捨てるようにエストは告げる。
首飾りを諦めさせた、直接の張本人だ。忌々しさもわだかまりもある。
「そんなことはありません。魔獣に取り囲まれた私を、颯爽と助けてくださったんですから」
ティスが真っ赤になって抗議する。
「足、引き摺って杖を使ってるのに?」
素直な疑問をエストは口にするのだった。
「助けてくださったときは格好良かったんです。動きも風のようで」
なおもティスが言い張る。いつもは冷静だというのに、珍しい反応だ。
「はいはい」
エストは適当にあしらうのだった。
これからのことを考えなくてはならない。
バール帝国への立ち入り禁止を婚約破棄の際、告げられている。追放されてラデン王国に身を寄せることにしたのは、亡き母の実家である屋敷が残っているからだ。
出国の際に話はついていて、そこにそのまま住めば良いこととなっていた。幼い頃にラデン王国女王、当時はまだ姫だったリオナと面識があったことも大きい。すんなりと受け入れてくれた。
(さて、何から始めようかしら?)
エストは馬車に揺られつつ思案するのだった。
母も聖女である。魔獣との戦いの果てに命を落としたのだと聞く。大聖女と呼称されるほど、力が強かったそうだ。
(私だって、いつか)
力が足りないからと言って、無気力で抜け殻のような、父のようになりたくないのであった。
考えている時間も馬車が進んでいく。途中、城門に至ったのか、馬車が止まり、後ろの馬車から降りたクイッドが守兵に何事か説明していた。
「では、我々はここで。一部始終の説明を。女王陛下にせねばなりませんから」
カートがこめかみのあたりをヒクヒクさせながら告げる。
「もう安全ですから」
クイッドが自分に小さく手を振っていた。エストもこっそり振り返す。
「では」
なぜだかカートがティスの方に頭を下げて立ち去っていった。
さらに馬車へ戻り進むこと数時間。
「ここのようですね」
馬車が止まり、ティスが告げた。
2人で馬車から降りる。支払いは済んでいるとのことで馬車が去っていく。
みすぼらしい屋敷と2人は向き合った。
「なるほどね。手入れのし甲斐がありそう」
白くくすんだ外壁の屋敷、敷地内は雑草が伸び放題、敷地を囲う壁もところどころ崩れかけている。
母が聖女として各地を回るようになって以来、誰の手も入らなくなったらしいと、エストも聞いていた。
「いくら、私たちが追放された身だと言っても」
困り切った顔でティスが呆然としている。
「そりゃこうでしょうよ、何も期待なんかしちゃだめよ」
エストは敷地内へと一步、足を踏み入れる。
「こんな、今の立場の私に、豪華な屋敷なんて用意してくれないわよ」
更にエストは加えるのだった。
雑草は酷いが屋敷の門扉まで歩けないほどではない。
(別に要らないけどね)
エストはなんとか門扉まで辿り着く。
一方、ティスが難なく荷物を持ってついてきていた。歩行に苦労しないくせに、物憂げに雑草蔓延る庭を眺めている。
「覚悟しましょ。きっと、中も酷いわよ」
ティスから門扉へと向き直り、エストは告げた。
「はい、そうですね」
意気消沈した様子のティスが相槌を打つ。
エストは両開きの扉を開ける。
案の定、中も埃まみれだった。
(探検から始めようかしら)
ため息をついてエストも思うのであった。




