59 川沿いに進んで源泉へ2
2人で森の中を行く。無闇に進んでいるのではない。クイッドは頭のなかでしっかりと付近の地図を思い浮かべていた。
「なるほどねぇ、持っている材料できちんと工夫するのも大事ってことね」
エストが感心した様子で返す。基本的には素直な憎めない人柄なのであった。
言語化されると自分でもそういうことか、と腑に落ちるところもあるのだが。
クイッドは足を止める。
「水の流れる音がしてきましたね。川です。聖流ハトメアです」
クイッドは振り返ってエストに告げる。
「まるで何も聞こえないんだけど」
エストが首を傾げている。
「あぁ、そうか。クイッドの方が単純に耳が良いのね。それで、あたしには何も聞こえない、と。感覚を強くする神聖魔術とか、無いかしらねぇ」
エストがまた無いものねだりを性懲りも無くし始めた。
とりあえず川がある、ということについては納得してくれたらしい。
クイッドはエストを先導して音のする方角を進む。頭のなかの地図とも矛盾しない。
細い若木の林を抜けると、川に出た。
水が流れていることもあるのだが、きれいな白石が人の手で敷き詰められたかのように川岸に並んでいる。『聖流』と呼ばれる所以の光景だ。
「へえ、きれいね。空気も水も。後は景色も」
エストが感心した様子で告げると、ほうっと息を吐く。
「あはは、実のところね。いろいろ大口は叩いてるけど、バールの時は皇都はおろか、あまり実家からも出してもらえなくてね。恥ずかしいわね。どこに行っても目新しいのよ、今のところ」
手放しで感心した態度が恥ずかしくなったのか、エストが言い訳じみたことを告げて肩をすくめる。
急にそんなことを言われても困るだけだ。
「大事にされてたんですね、ご家族に」
なんとなくクイッドは他に思うところがなくて告げてしまう。
本人の話では魔獣出現時も、エスト到着前に倒されてしまっていたのだという。
(出来るだけ危ない目に遭わせたくなかったっていう、周りの気遣いが感じられる話だと思うんだけど)
クイッドとしては、指摘しづらいことなのだが。実地にいたわけでも、エストの周囲に当時いた人々を知っているわけでもない。
あくまで聞く限りでは、ということだ。
「そうかしら?あたしはそういう気がしないのよね」
だからエストから訝しげに言われても困るのである。
本当のところはクイッドには分かりようもない。
「あたしには、こうしたいって言うのが、はっきりあってさ。それをあまりにも尊重されないと、ちょっと、不満にはなるのよ。そういうものじゃない?」
そして同意を求められても困るのである。
エストにとっては不満の残ることだった。他にクイッドは分からない。
「そういうもんなんですね」
曖昧に相槌を打つしかなかった。
『口だけ聖女』と他国では悪評が立って、ラデン王国にやってきた人物だ。クイッドとしては、接してみる限り『口だけ』ということなく、過剰なぐらいに行動的だと感じる。
お互いに誤解や行き違いがあったのではないか。クイッドとしては、そう思えてならない。
(ま、歯切れが悪いことしか思い浮かばないから。バールでのことについては、俺は外野ですよ)
クイッドは自分のなかで結論づける。
「そ。いつもアーノルドとかさ、あたしの話なんか聞かないで。勝手に魔獣やっつけちゃってさ」
確かアーノルドと言えば、バール帝国最強の騎士だか剣士ではなかったか。
エストを護ろうと必死だっただけではないかと、ふとクイッドは思う。
「ま、いいや。それはもう昔のこと。そんなのはいいのよ」
エストがトトトっと水面に近付いていく。
「あっ、迂闊に近寄らないでください」
クイッドは慌てて追いすがった。思い立ったら、すぐに行動してしまう。
(ちょっと、止めるのに上手い言い回しとか方法を考えておこう)
密かにクイッドは決意する。
「大丈夫よ。邪悪な気配を一切、感じないもの。クイッドはどう?」
エストがしゃがみ込んで聖流ハトメアを眺めていた。
「それは、俺もですけど」
以前来たときと変わらない。ただ誠実な雰囲気と川の流れる音だけが響く空間だ。
(不思議だよなぁ、メグリス村の近くとか。魔獣が全くいないわけじゃないのに)
だが、もっと別の疑問もクイッドにはあるのだ。
「でも、そもそもハトメアの源泉っていうのが、おかしな話なんですよ」
胸にためていた思いをクイッドは吐き出す。
「どういうこと?」
エストが顔を上げて首を傾げる。
「聖流ハトメアに大聖女様の遺物だなんて。あそこには小さな泉があるだけです。それらしいものは何も。俺、行ったことがあるんですよ」
クイッドは説明した。
一応、几帳面なカートと2人、丁寧に見回りもしているのだ。見落としはないと思う。
「そんなこと言ってさ。ランパートの森でも、貴方達の知らない場所に、お母様の遺物があったんじゃないのよ」
もっともな指摘が飛んできた。
「そういえば、そうでしたけど」
クイッドも頷くしかなかった。
「あたしが行けば、何かが見つかる。あたしはそう確信しているのよ」
力強くエストが言い放つ。
「確かに、聖女様にしか分からない何かがあるのかもしれませんね」
クイッドは考え込みつつ告げる。
(でも、それは、俺たち2人だけで触れて良いものなんだろうか)
根本的にして漠然とした危惧をクイッドは抱くのであった。




