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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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52 ラデン王国南東部へ

 クイッドとエストがシンリンコヨーテを駆除していた頃。

 カートはその南方のトリスト村を訪れていた。ラデン王国南東部へ向かう街道沿いにある村だ。商人や旅人の休憩地でもあるため、宿屋や商家も多い。

(今回はあくまで通過場所だがな)

 カートは隣を歩くティスを一瞥して思う。

 特に見るべきものが今のところはない。自分の管轄する土地でもないのだから。

「しかし、女王陛下にも困ったものだ。気軽に俺をホイホイと外に出すなど」

 カートは続いて王都リクロの方を向いて告げる。

 そもそも聖女エストの出迎えを押し付けてきたことすらもおかしいのだ。

「カート様?」

 ティスが訝しげに首を傾げる。

「いえ、申し訳ありません。更にはティス殿にまで厚意で手伝って頂くことになろうとは」

 心苦しい限りなのであった。

 自由な立場のティスであるから、固辞して尚、ついてくると言うなら拒むことも出来ない。

 来てくれて嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちがカートの中では同居している。

「いえ、私にとってもよい機会ですわ。早く、この国に馴染みたいですから」

 ティスがたおやかに微笑む。

『馴染みたい』などとは、どういうつもりなのだろうか。

 問いただしたい気持ちをカートはグッと抑え込む。

 みすぼらしい格好の男が4人、わざとらしく前方から近付いてきたからだ。見るからにゴロツキかチンピラである。 

 ティスを見て好色な笑みを浮かべていた。

(俺のこの服を見ても、絡んでくるとは)

 漆黒の軍服を見てもカートが誰だか分からない程度の田舎者でもあるようだ。

「あまり、この地方には馴染まない方が良いかもしれませんよ」

 カートはボヤく。ティスにラデン王国の恥部を見せることとなってしまった。

「おい、あんた。えらい美人だが、そんな足の悪い奴より」

 真ん中の男が言葉を発した。

 ティスに下品な物言いをした罰である。

 杖を一閃させて、カートは瞬時に3人を打ち倒した。

「ぐぁあぁっ」

 咄嗟には打たれたことに気付かなかったらしい。

 倒れてから痛みにゴロツキたちが呻く。

 ティスが美しく、カートは脚を引き摺っている。だから侮って痛い目を見た。自業自得である。

「舐めるなよ。お前らのような者が絡んで良い御仁ではない」

 カートは1人の背中に杖を突き立てて告げる。

 敢えて1人を残しておいた。

「ひいっ」

 腰を抜かして尻餅をつく。

「お前ら以外にも、似たような程度の連中がいるなら伝えておけ。俺等に絡んだら、無事では済まさん」

 カートは殺気を籠めて告げる。

 隣ではティスが涼しい顔だ。

「馬鹿な奴らだな。その人は軍人だ。しかも王都勤めだろう」

 通行人の一人が口を挟んできた。

「下手に喧嘩を打ったら軍が出てくるぞ」

 別の誰かも声を上げる。

「そ、そんな」

 泣きそうな声で4人が逃げていく。

「バールからの流れ者だろう、まったく」

 そして嘲りとともに、また平常を街が取り戻した。

 ラデン王国の南東部は他の地域に比べて治安が悪い。

 それは先の通行人たちの言葉通り、国境を接するバール帝国からの移民が多いせいだ。文化の違い以上に貧しさゆえに流入してきたという背景が大きい。

「すいませんね。我が国の恥を見せることとなりました」

 カートは頭をひょいと下げて詫びる。

 どうせなら仕事ではなく、普通の旅行をティスとはしたい。そして出来れば女王リオナ直轄領の北西部の田園地帯が望ましかった。風光明媚なのである。

「いえ。カート様となら、どこでも安心ですわね」

 柔らかくティスが微笑んで言う。

『戦闘装束』というカートにとっては珍妙な格好であり、どことなく色っぽい。黒一色の色彩には味気など無いのだが。

 色気を追究するならば、身体の前で結ぶ太い帯でただでさえ細木のような腰がグッと絞られる。そして更に下衣のズボンに切れ込みがあって素脚がチラリと覗くせいだ。

(この人は俺を悶絶死させるつもりなのか)

 幾度となくこの旅程が始まってから、カートは思わされるのだった。

「こんな足ですから、しかし、危険からは最大限、守り切る所存です」

 色々な思いの代わりにカートは決意表明である。

「私の方こそ。勝手に押しかけたようなものですから。カート様の足を引っ張っていないか、心配です」

 申し訳なさそうにティスが言う。

 やはり女王リオナなどには無い、可愛らしさを滲ませてくれるのだった。

「俺一人では、どうしても見る範囲においても、取れる動きについても。限界がありますから」

 カートは自分に出せる限りの優しい声で告げる。

「同じ作業でも、2人になれば半分で良く、3人であれば3分の1で済むのですから、助かりますよ」

 更に加えるのだった。嘘ではなく、何をするにせよ、いつも思うことだ。

「しかし、それだけに何でも俺に押し付けるのだから、女王陛下にも困ったものですよ」

 そしてカートの思考は元の場所に戻るのであった。


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