51 シンリンコヨーテ討伐3
自分など噛みつかれればひとたまりもない。生身の小柄な娘に過ぎないのだから。
エストは思わず目をつむってしまう。
いつまでも痛みは来ない。
(うわっ)
おそるおそる目を開くとシンリンコヨーテが目の前の地面に叩きつけられ、痙攣している。
クイッドの姿も見えた。盾で叩き落されたのだ、と遅れてエストは理解する。
「あ、ありがと」
気付くと自分は情けなくも尻もちをついていた。
「いいから。数を減らしてください。まだ、幾らかいますので」
クイッドが笑って言う。円盾で更に別のシンリンコヨーテを叩く。
「分かったわ」
エストは立ち上がった。
血の臭い。不自然に斬り裂かれたシンリンコヨーテの死体に吐き気がこみ上げてくる。
(なによ、これぐらい)
エストは両腕を肩の高さに持ち上げる。
魔力を練り上げた。
「光よ、走れ」
エストは光の線でもって離れたところにいるシンリンコヨーテを仕留めた。
時折、狙った方向とは別から迫られて肝を冷やすこともあったのだが。
「させるかよ」
クイッドが横から手斧の残撃で仕留めてくれる。
(やっぱり、クイッドは強い。人並みは外れてる)
エストは戦いぶりを改めて目の当たりにして思う。
自身よりも遥かに大きな相手にも力負けをしない。魔力の流れを感じるので、身体強化を行っているのだろう。
「魔獣は退くことを知らないからな」
更にクイッドが手斧を振るって告げる。
かなりの数を倒したというのに、阻喪することなく襲いかかってくる、そんなシンリンコヨーテを嘲っているようだ。
エストもホーリーライトを放ち続ける。倒さないと逆に自分が倒されてしまう。先ほど噛みつかれかけたことで、痛感していた。
どれだけの数を倒したのか。
襲いかかってくるシンリンコヨーテがいなくなった。
木々の合間を視線で探っても、全く見当たらない。
「おしまい?」
おそるおそるエストは呟く。
「そうですね。数だけはいましたけど」
額の汗を服の袖で拭ってクイッドが微笑む。
返り血もかなり浴びているようだ。服の所々が赤茶けている。
「一体、どれだけ倒したの?あたしらは」
エストは地面に転がるシンリンコヨーテの亡骸を見回して尋ねる。
「ざっと30ぐらいはいたんじゃないですかね?カート隊長もパターガーさんもいなくて、この数を相手にしたのは初めてです。エスト様は、お怪我はありませんか?」
笑顔のままクイッドが気遣ってくれる。
「あんたこそ、ずっと私の前を張っててくれたでしょ?大丈夫?噛まれてない?」
一呼吸ついてから、エストは逆に訊き返す。
「かすり傷ぐらいですかね?後は全部、返り血ですよ。服は洗わないとかもしれませんね」
にこやかにクイッドが応じる。手斧の刃を粗布で拭き取り始めた。
「クイッド、あんたの動き、凄かった」
エストは思い返して告げる。
「え?なんです?俺なんてまだまだですよ」
カートが慌てて謙遜する。
「黒騎士のときも、負けたけどさ。本当に凄いなって、思ってはいたのよ」
エストはしみじみと更に重ねた。
速い上に力も強い。単独で前衛を張ることができるのは心強かった。
「で、この数を相手にして、私にはほとんど危険がなくって、そんで」
言葉がどんどんと湧いてくる。
「エスト様はほぼ初陣ですよね?気持ちが昂ぶっちゃってますね。それで俺を褒め倒してくれるのは、くすぐったいですけど」
クイッドが苦笑いを浮かべていた。
照れ臭くなる。エストは慌てて口を押さえた。すると今度は鼻から身の匂いが侵入してくる。
「うっ」
独特の臭いにはなかなか慣れそうもない。
エストは軽くえづいてしまう。地面に突っ伏した。
「こんな調子だから、バールじゃ口だけって言われてたのかもね。情けない」
エストは地面を見つめて告げる。無論、情けないままで終わらせるつもりもないのだが、今のところは不甲斐ない姿だ。
なんとか身体を起こして顔を上げる。
「魔術も上手く当ててらしたし、まずはそこですよ。俺は神聖魔術のことは、詳しくはありませんけど。シンリンコヨーテは数が多いし、素早いので」
クイッドが辺りを見回して頷く。
「練習は、してたからね」
エストは告げて立ち上がる。やはりシンリンコヨーテの亡骸だらけだ。
「初陣としては十分ですよ、多分」
クイッドも神聖魔術のことを、言葉通り、詳しくないのなら、他に言いようもないのかもしれない。
(これ以上は何を言っても愚痴とか、傷の舐め合いになる)
エストは気持ちを持ち直す。
「クイッド、あんたのおかげで、頼まれてたとおり、シンリンコヨーテを駆除出来て。あたしも経験を積めた。ありがとね。でも、まだまだ、やってやるんだから」
エストは握り拳を作る。
鼻に入ってくる血の臭いをまた意識させられた。
もう気にしない。
「あまり張り切り過ぎないでくださいね。お手柔らかに」
クイッドが苦笑いのまま告げて。2人でメグリス村に戻るのであった。




