50 シンリンコヨーテ討伐2
「ここら辺から魔獣の土地なのね」
なんとなく森の雰囲気が変わったように感じられてエストは告げる。
「そりゃ、どこにだって人間以外の場所はありますよ」
クイッドは笑っているのかもしれない。面白がるような口調だった。
時折、手斧を一閃させてエストの難儀しそうな木の枝などを切り払っている。どこまでも気を使ってくれるのであった。
さらに森の奥へと順調に至る。
(それでも、ランパートの森とは、なんか違うのよね)
もっと緑が深かった。エストはキョロキョロと辺りを見回す。
「気を付けて。さっき言った距離で。離れ過ぎないでください」
クイッドが自分を見つめて告げていた。
「了解」
エストは短く答える。
頷くクイッドの進みが遅くなった。時にはしゃがみこんで地面を確認するような仕草も見せる。
「足跡見てるの?で、巣とか、分かるの?」
好奇心のままエストはしゃがみこんだクイッドに尋ねる。
「せいぜい、近くにいるかどうかぐらいです。俺にわかるのは。分からないよりはマシなんでしょうけど」
肩を竦めてクイッドが立ち上がる。
先も斥候が欲しいと言っていた。
(分かる情報は限られてるってことね)
エストは頷く。
「でも、シンリンコヨーテは凶暴で悪賢い。こっちが2人しかいないとなれば、まず、向こうから襲ってきますよ」
ニヤッとクイッドが笑う。
「あっ」
エストは声を上げる。
立ち上がったクイッド越しに、大きな犬が牙を剥いているのが見えたからだ。
(これがシンリンコヨーテ?大きいし、速い)
警告をする余裕もエストには無かった。
(だったら)
エストは何か神聖魔術を使おうとする。その『何か』が判断できなかった。
「唸り声ぐらい聞こえてますよ」
苦笑いでクイッドが手斧を横薙ぎに振った。
飛びかかってきたシンリンコヨーテを斬り裂いて倒す。
「ね」
クイッドが盾を構える。
「数だけはいるんですよ、いつも」
更に加えたクイッドの言葉通り、木の間から、ワラワラとシンリンコヨーテがあらわれる。
「エスト様はあの木を背にしてください」
ジリジリと後退ってクイッドが言う。
大木が立っている。
「どんな戦闘でも、死角は少ないほうがいいし、シンリンコヨーテは木に登れません。上から襲われる懸念もないんですよ」
懇切丁寧にクイッドが説明してくれる。
なんとなくパターガーやカートでは何も言ってくれないのだろう、とエストは思った。こればかりは人間性だ。クイッドを選んだ自分が間違っていなかったということである。
「しっ!」
クイッドが飛びかかってきたシンリンコヨーテを丸盾で叩き落とす。
続いて、2匹目を手斧で斬り倒した。
「正規軍人の俺が、お前らなんかにやられるわけないだろ」
クイッドがシンリンコヨーテに告げる。
(私だって)
エストは魔力を練り上げる。
ホーリーライトを放とうと思っていた。狙いを定めようとしてエストは逡巡する。
この場には10匹ほどのシンリンコヨーテがいるようだ。
「どれを狙えばいいの?違う。どれから?」
狙いをどうつけるべきか分からない。なんなら全てのシンリンコヨーテが同じに見える。
魔力を練り上げて両手を前に突き出したままエストは混乱していた。なまじ、クイッドにしっかり守られているので、迷うなどということが出来てしまったのだ。
「いいんてすよ。上手くやろうとなんかしなくて。近くにいるやつ、狙いやすいやつ。数を減らしてくれれば、俺は助かる状況ですから。確実に仕留められそうな奴に撃ってみてください」
またクイッドが戦いながら説明してくれた。自身はシンリンコヨーテと交戦しているのに、だ。
余裕があるように見えた。何匹に飛びかかられようとも、盾で捌いて一匹ずつ間引いているのだ。
慌てふためく自分よりもはるかに余裕があるように見える。
(私もああなりたいし、そのつもりで、これをやってるんでしょ)
エストは息を1つついて、集中し直す。
改めて見ると自分の方を見ている個体がいた。気づいた時には駆け寄られている。
「光よ、はしれ」
だが光のほうが速いに決まっている。
エストは光線を放ち、正面、額から撃ち抜いてやった。
「うっ」
魔獣とはいえ、敵を仕留めたのは初めてだ。鮮血が飛び散る。
(アニスもアーノルド卿は、これを何度も、何匹も)
邪悪なものを打ち払うのが自分たち聖女である。それでも自分の放った攻撃で命を奪ったことに、エストは愕然とした。
首を横に振る。
(邪悪な魔素で凶暴化した獣、それが魔獣。救う対象ではない。だから私も)
覚悟が足りない。足りないから戦わない、などという選択肢は許されないのだ。既に戦いに身を置いているのだから。
(でも、口だけって言われていたわけも。アニスが私をなんで、ここから遠ざけていたのかは分かった)
手を汚す、嫌な仕事だ。だから優しすぎる義妹は自分にやらせたくなかったのだろう。
(余計な御世話よ。あんたの手だって汚れちゃったんじゃないのよ)
エストは気を入れ直す。いつかは自分がアニスを助けることもあるだろう。
だが、そう思っていた矢先。
「あっ」
シンリンコヨーテの大きな口が我に返った自分を襲おうとしていることに、エストは気づくのであった。




