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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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49 シンリンコヨーテ討伐1

(ちょっと、悪かったかしら。勝手にその場で了解しちゃって。クイッド、気を悪くしてないといいけど)

 ずっと気を使われている。

 エストは思いつつもクイッドに案内されて、メグリス村郊外の森へと向かう。シンリンコヨーテの群れが住み着いた森というのがそこらしい。

「とにかく少しでも人の役に立てて、自分を伸ばせる機会があるなら逃がしたくないのよ」

 エストはクイッドの背中にさらに言い訳のようにして告げるのだった。

 前を歩く背中は心強い。黒騎士にこそ敗れたものの、信頼は揺らぐことなく保たれている。

「そういうところは、尊敬してますよ。でも実戦ですから。気を抜くことは許されませんよ」

 クイッドが木の枝を手斧で払いつつ告げる。

 悩んでいる暇があったら進む。身を投じる。それでもバール帝国では間に合わなくて、実際に戦えたことはなかった。何の役にも立てないまま追放されたのである。

(それでも、あたしは母様のようになりたい)

 包み込むような笑顔を幼い頃、何度も向けられた。誰に聞いても敬意しか耳にしない。

(そんな、お母様にも、誰か頼りになる人がいたのかしら?)

 父エルニス公爵と結婚し、自分を身ごもった頃には大聖女としての責務を引退していたらしい。父エルニス公爵が魔獣との戦いに出るわけもないから、その前の仲間である。

「敵の数や居場所が明確には分かりません。だから気を抜けない。で、本来は斥候が必要なんですよ。パターガーさんとかティスさんみたいな人です」

 クイッドが背中を向けたまま告げる。同い年だが自分よりも遥かに実戦慣れした兵士なのだ。

(アニスとは、こういう前向きな話を出来なかったのよね)

 自分を戰場から遠ざけることばかり考えていたのが義妹のアニスである。

「ティスも、なのね」

 エストは自身の侍女を思い浮かべる。怜悧な切れ長の瞳が美しい黒髪細身の美女だ。目立つことが嫌いらしく、いつも一歩引いていた。

(密偵の家系だとは聞いていたけど)

 自分の護衛も兼ねてはいたが、護衛には向いていなかったのかもしれない。ランパートの森では、魔獣に囲まれるや主であるエストをあっさり奪われている。

 探ることは経験豊富でも、正面切って誰かを守って戦うということには向いていなかったのだ。

「密偵でしょう?あの人。カート隊長が言ってました。身のこなしとかを見ていると、そんな感じだって。それなのに、魔獣討伐にも出てくれるのは心根が麗しいからだ、とか。見た目も麗しいとか。つまり麗しいんだって。とんだ惚気話ですよ」

 途中から、カートのお惚気への愚痴をクイッドが並べ立てた。

「こっちもよ。ティスったら買い出しの度にカートさんと一緒」

 エストはカラカラと笑って返した。

「でも、戦いでは大事なんですよ、ああいう人達が」

 そして話が元のところへと戻ってくるのだった。

 街道から逸れて森を進んでいく。

 しっかりと整えられた街道を離れると、途端に下草や藪、木の枝が増えて歩きづらくなる。魔獣の出現頻度もグンと上がるらしい。

(それは、バール帝国も変わらない)

 エストは祖国を思い出すのだった。自分はあまり屋敷から出しては貰えなかったのである。

 だから出現報告を知るや屋敷を飛び出しても間に合うことなど無かった。

「森は死角が多い。立ち位置に気を付けてください。不意討ちを察知して避けられれば良いけど。多分、全部を回避するのは無理です。俺がすぐに助けられる位置にいてください」

 クイッドが立ち止まって自分の方を向く。

 ここまでの中では大事なことを言っているのだろう。

(こんなことを言ってくれる人もいなかったわね)

 エストは嬉しくなって頷いた。

(戦わせないことが第一で、それが前提だから戦うための知識なんて誰もくれなかった。独学は限界があったし、そもそも机上の空論ってやつだもの)

 大体、このくらい、とクイッドが手振りで説明してくれる。エストはもう一度、頷いた。

(近すぎると、手斧の斬撃に巻き込まれるし、離れ過ぎると守ってもらえなくて、あたしはコヨーテに食い殺される、と)

 エストは自分なりに想像してみる。

 全てを自分が出来るわけはない。素直にエストは助言を受け入れた。

(アーノルドともアニスとも。デズの奴とも、結局、一緒に戦ったことはなかったもんね)

 エストはバール帝国でのことを思い出すのだった。

 いつも邪魔にされていて、到着した時には、残されている自分にできることなど、負傷者への治療活動ぐらいのもの。

(別にデズの悪態とか八つ当たりぐらい、屁でもなかったんだけどね。実戦を踏めなくて、夢に近づけないのは辛かったな)

 エストは書見で頭に叩き込んだ知識を思い返していた。

「分かった。教えてくれてありがとう」

 エストは言われた距離感を維持して告げる。

「俺が助けてもらうことも共闘してれば、絶対にありますから。自分のためでもあるんですよ」

 薄く笑ってクイッドが告げる。

「あたしの目標は黒騎士を倒すこと」

 エストはつと思っていた言葉を吐き出す。

「ボロクソにやられましたね」

 顔をしかめてクイッドが返す。

「一応、そう言ってるんだけど。黒騎士が分かりやすい標的ってだけ。あたしは本当のところ、お母様みたいに立派な大聖女になりたいのよ。力強くて優しくて、皆を引っ張れるような人間にね」

 エストは告げる。

「最初からさ。何でも倒せる人間になんてなれない。そんなうまい話はない。だから、今日みたいなことが、第一歩。一歩目でなんて死んでられないし、死にたくない」

 言葉がほとばしるかのように口をついて出てくる。

「だから、頼りにしてる。本当に。よろしく頼むわね」

 エストは言葉をまとめるのであった。

 

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