48 メグリス村2
辿り着いたメグリス村の宿屋は、平屋で横に広く、木造で一見して2部屋から3部屋ほど客室があるように見えた。地方の村落ではよく見かける宿屋の造りである。
(王都ならともかく、田舎じゃ、こんなもんだよな)
クイッドは思うのだった。せいぜいが遠くから来た親戚が時折、泊まる程度の商売なのではないか。
隣ではエストが好奇心もあらわに、しげしげと宿屋を眺めていた。
「とりあえず宿泊の手続きをしないと」
クイッドはエストに告げて、主人のいる帳場へと入った。
初老の店主が暇そうに居眠りしている。
「すいません。今晩、泊めていただけませんか?」
丁寧な口調でクイッドは尋ねる。
目を覚ましてから自分を見て、主人が目を見張った。黒い軍服が名刺代わりなのだ。王都の精鋭歩兵部隊の隊員だとすぐに分かる。
「軍の人かい?しかも近衛なんじゃ?まだ若いようだが。そこのお嬢様は貴族さんかな。その護衛さんか、いやしかし」
困った顔で老人が自分とエストとを見比べる。いかにも訳ありという組み合わせなのだった。実際はただ修行の付き添いなのだが。
「お金はきちんと払います」
エストがずいと身を乗り出してきた。
「それは、心配していませんよ」
穏やかに老人がエストにも応じる。
どう取り繕っても貴族のお嬢様にエストが見えてしまうのだった。
(黒騎士が自由に動けるんなら、ひとたまりもないんだけど)
目立つ容姿がクイッドとしては気になってしまうのだが、カートやパターガーが牽制してくれているはずだ。そう簡単に襲撃などされるわけもない、と思い直す。
「急にお貴族様が泊まるとなっても、ボロ宿屋なのはどうしょうもないのでね。失礼に当たらないか」
不安そうに老人が言うのだった。
「こちらも目的地があって、旅の途中です。待遇で不満を述べることはありませんから」
クイッドはさりげなく銀の粒を幾つか握らせた。
他に宿屋が無いことぐらいは誰よりも店主が知っているはずだ。かといって、『選択の余地が無いから選ぶのだ』などと失礼なことをクイッドも言いたくない。
「分かりました」
老人がため息をついた。
「部屋は分けておくが、隣同士だ。何かあれば壁が厚くないからすぐに気づくだろう」
当然の気遣いを宿屋の主人がしてくれる。
「混んでたら、クイッドと相部屋ってこともあるのかしら?」
何食わぬ顔で平然とエストが問う。
クイッドは華奢な肩の線に目を走らせてしまう。大きめの瞳が無心に自分を見上げていた。
(まったく、人の気も知らないで)
クイッドは苦笑いだ。
あわよくば抱き締めたくなる。気持ちの上でもし受け入れてもらえたなら、エストのことだから、背中をポンポンとでも叩くのだろうか。
親しみと愛おしさを隠すような人ではなさそうだ。
(そういう関係になりたくもなるけど)
エストと婚約しておいて、義妹に乗り換えたという皇太子をクイッドは思う。余程、アニスという義妹が魅力的なのだろうか。
「そういうこともあるでしょうね。でも、とりあえず今晩ではないですよ」
笑みを作ってクイッドは応じる。
強気な物言いが気に入らなかったらしいとは、聞いていて分かった。
(それがかえって、良いんじゃないか)
クイッドはエストの横顔を見つめて思う。
「そこは、ティスの方が便利だったのかもね。横にいて貰う分には。生活のこととか。でも、戦闘の時にはクイッドの方が頼りになるのよね」
挙げ句、率直な評価をエストが披露するのだった。
(本当のところは、どうかな)
頼られて嬉しいとも思うのだが、クイッドは首を傾げてしまう。
(カートさんは少なくとも、ティスさんの実力をかなり評価してたみたいなんだけど)
現に組んで動こうとしているらしい。カートにしては珍しい行動だった。まして、異性が相手である。
大概は自分を手足のように使うか、パターガーを頼っていることが多い。
「光栄ですよ」
それでもクイッドは謝辞を述べた。
「ま、自分の事は自分でするから」
エストが言い捨てて自身の部屋へと入っていく。
クイッドも自室で荷物の整理をしていると、外からドタドタと足音が近づいてきた。
「お客さん」
宿屋の主人が廊下から声をかけてきた。
「村長が来て、あんたらに話があると」
廊下に出ると老人が一人増えていた。辛うじて服装が違うので村長だと分かる。
一呼吸遅れて、ローブ姿のままエストも姿を見せた。
「あんたら、聖女様とその護衛さんだろう。ちょうど良かった」
前置きもなく村長が切り出した。
「わしは先代の大聖女様を見たことがある。あんたと同じ桃色の髪に紫の目をしておった」
どうやらエストの母親の話らしい。
「確かにあたしは聖女で、母も聖女よ。何か用件でもあるのかしら?」
胸を張ってエストが尋ねる。
「シンリンコヨーテが群れであらわれて、この周辺は難儀している。助けてはいただけないかと。図々しい、唐突な要求なのは分かっているんじゃが」
申し訳なさそうに、しかし、どこか狡猾な眼差しを村長が向けてくる。
(軍を待たなくて良くて。しかも金もかからないもんな。俺らが倒せちゃえれば)
聞いていてクイッドは思った。
「いいわよ」
あっさりとエストが了承してしまった。
駆け引きも何も無い。口を挟もうとしてクイッドは口を噤む。
「あたしはそう、母と同じで聖女なんだから。困ってる人がいたら助けるのよ」
誰にともなくエストが告げて、話が決まってしまうのであった。




