47 メグリス村1
王都リクロを出て東に進み、最初に辿り着くのがメグリス村だ。メグリス村の先には中規模都市パドルがある。パドルからさらに東進していけば、やがてランパートの森へと辿り着く。
パドルから北進していくと聖流ハトメアの源流へと至る。ランパートの森と並ぶ魔獣の巣窟であった。かつては魔流などと呼ばれていたらしい。
クイッドとエスト、2人は夕暮れ時に村の入り口に到着した。
「へぇ、バール帝国の村とは随分と違うのね」
エストが辺りを見回しながら告げる。額や首筋には汗が滲む。
懸命に歩いてくれてはいるが、そこは旅慣れない人の足なので、どうしても時間はかかる。同行しているのがカートやパターガーであれば、メグリス村など午前のうちには通過していたであろう。
ただし軍営から休むことなく全力疾走だ。
(あの2人だと、俺が急かされるぐらいだもんな)
ランパートの森ですら1日2日で着いてしまうのではないか。思い、クイッドは苦笑いだ。
「そんなに違いますか?」
物珍しげなエストにクイッドは尋ねた。
「えぇ、村を囲うのが木の柵でしょ?バールじゃ防御に主眼を置いてるから、石垣とか石の塀とかで、がっつり守りを固めてたわよ」
懐かしげにエストが返す。
ラデン王国の方が平穏でのんびりしているという感慨なのだろうか。
(そんなこともないんだけどな)
現に先日もサカドゴミムシダマシに王都を襲撃されたのだ。街道を外れれば相応に魔獣と出くわすことも多い。
「そうなんですね」
クイッドは思いつつ、口では相槌を打った。
そして村で1軒の宿屋へと向かう。何度も通過してきた村なのだ。宿屋の位置ぐらいは把握している。
(エスト様には、野宿は無理だろうから)
クイッドは思うのだった。
(いや、厳密には、エスト様と俺で、2人だけで野宿っていうのは、正直しんどい)
可憐な女性だから、ということではない。
(エスト様じゃ、体力的にも気配を察する警戒の面でも。交代で見張りなんて出来ないだろうから)
野宿をするのなら、交代で見張りをしないと、魔獣に寝込みを襲われかねない。人里を離れれば魔獣に襲われる危険性はグンと上がる。
(つまり、俺が徹夜になる。それも何日も)
体力的に余裕のないエストでは、見張り中に眠ってしまうのではないか。真剣にクイッドは危惧していた。
気の強いことを言ってはいても、元は公爵令嬢なのだ。侍女のティスもいないのでは、野宿をすることは出来ないのであった。
「悪いわね」
エストが唐突に声を上げる。
「どうしたんですか?藪から棒に」
いくらなんでも急すぎて、クイッドは無防備に聞き返してしまう。自分は何か酷いことをされたらしい。
「かなり、気を使わせているでしょう?世間知らないし、あたし、こんなことじゃいけないから。だんだん、慣らしていくつもりだったけど」
殊勝な態度をエストが見せる。前評判とはまるで別人だ。
「今日、野宿じゃないみたいだ、って。正直、ホッとしている」
肩を落としてエストが告げるのだった。自分自身について情けなさを覚えているらしい。出会ってから初めて見せる姿だった。
「急に何でも出来るようになるわけはないですよ。全部をそつなく出来る人間なんていません。俺には神聖魔術なんて、まったく出来ないんですから」
クイッドは両手を前に出し、手をヒラヒラと振った。自分の掌からは何も出ませんよ、ということだ。
魔力にも生まれ持った性質がある。自分の魔力は自身を強化補助する性質が強い。他のことには使いづらいのである。
「俺も16年、エスト様も16年。たゆまず努力していた時間は自分を裏切りませんし、ある意味、平等ですよ」
何かが出来ないからと言って、引け目に思い過ぎる必要もない。出来ることは出来るし、出来ないことは出来ないのである。
「あはは、妹みたいなことを言うのね」
エストが声を上げて笑った。
「妹君がいらっしゃるんですか?」
軽く驚いてクイッドは尋ねる。なんとなく一人っ子だと思っていたのだ。
「ええ、父の再婚相手の連れ子だけどね。アニスっていうの。お義母様ともども良くしてくれたんだけど。あたし、この調子だから、追放されちゃったのよね。今頃は、皇太子殿下とよろしくしてるんじゃないかしら?」
苦笑いでエストが告げる。義理の母と妹に対しては、特に屈託はないらしい。懐かしさだけが声にはにじんでいた。
(つまり、血の繋がりは無い人達ってことか。エスト様からしてみれば)
歩きながらクイッドは思う。
「あの子は腕が立つのよ。何でもやってくれて。あたしの代わりに魔獣退治でも先頭に立って。信じられる?見た目はお淑やかなのに、馬まで乗りこなしちゃうのよ?あたしを戦わせたくないから、先回りしたくて覚えたんですって」
エストにも思うところはあるらしい。
「なんか、似た者同士なんじゃないですか?」
思わず笑ってクイッドは指摘してしまう。行動力が似通ったものに思えてならないのだった。
「そうね、そうかもしれない」
薄く笑ってエストが返した。
「でも、あの子はデズ、いや、皇太子様か。皇太子殿下に惹かれてた。あたしは、あいつ、どうでも良かったのよね。だから、ちょうど良かったのよ。あたしは破談されて、アニスはどうやら一緒になれそうだからさ」
更にエストが言い、2人は村の端っこにある、宿屋へと辿り着くのであった。




