46 王都リクロ出発2
人目が気になる。どこまでも好奇心によるものだから、クイッドの警戒心には触れてこないのだが。手斧に丸盾を持った、いかにも歩兵という自分と聖女であるエストの組み合わせはどう考えても目立つ。
「あまり、こういう風に外を歩くことはしないんですか?」
クイッドはキョロキョロと辺りを見回すエストに尋ねる。
懸命に歩いているエストだが、ともすれば歩幅の違いのせいで遅れがちなのだった。
「えぇ、そうね。ランパートの森から助けられて、って時には馬車で来たから」
エストが自分をまっすぐに見据えて答える。
話をするときには真っ直ぐに自分を見つめる、紫の眼差しに吸い込まれそうになるのだった。
気さくな物言いとは裏腹に、どこか浮き世離れしている。
「今回は、歩きです。今からでも馬車を手配しましょうか?」
クイッドは申し向けてみた。自分も好んで歩きたいわけでもない。
「良い機会だから歩きでいいわ。いろいろ見てみたいし感じてみたいから。それに体力不足はダメ」
肩を竦めてエストがあっさりと断った。
(心がけとか言ってることとか、そういうのは立派なんだよな。この人)
クイッドは苦笑いだ。
「何よ、何か変?」
訝しげにエストが尋ねてくる。
「いいえ、本当に聖女様なんですね。感心したんです」
クイッドは言うに留めておいた。
「そ。ま、いいわ。天気も良いしね」
エストが気を悪くすることもなく告げる。
確かに青空が広がり、暑すぎず歩くのには良い気候であった。
あまり高い建物の無いリクロの街にあっては、広がる青空が何よりも気持ちが良い。
「そうですね」
クイッドは相槌を打つ。
そして街の城門に至る。守衛が数名おり、出入りの検閲を行っていた。
自分たちも例外ではないのだが。身分証の提示と女王リオナからの指令書のみで足りた。丁重に頭を下げられて、そして城門を通される。
「こういうのは、初めて。いつもティスにやってもらってたから。ひたすら待ってた感じ」
エストがほうっと息をつく。
「じゃ、今回もいつもと変わらないじゃないですか」
笑ってクイッドは返した。今回はティスではなく、自分が手続きをしたというだけだ。
城門を背にして東へと向かう。未舗装ではあるが、平らにならされた街道は歩きやすい。
「そうね。ティスがクイッドに変わっただけね」
肩を竦めてエストも笑うのだった。
「大聖女である御母上様の装備を集めたいっていうことですけど。ランパートの森以外にもそういう場所はないんですか?」
今度はクイッドが歩きながら尋ねる。
「えぇ。何箇所か。ラデン王国内はそうなんたけど。あとは北のランケインズ共和国にも何箇所かあるのよね」
エストが淡々と答える。
「お母様の使っていた杖とかローブ、それに魔道具なんかなんたけど。今、どういうわけだか、あたしは魔力が増えた。でも、それだけじゃ、だめね。頼れる大聖女ってわけにはいかない」
生真面目な顔でエストが説明する。
杖にローブとなれば、いかにも大聖女という話だ、と漠然とクイッドは思うのだった。
「魔力で、ただ放つことの出来る術は限られててさ。魔道具で解放される力もあるから。必須みたいなのよね。母様の遺品」
エストが結論づけるのだった。
(でも、なんで、エスト様の御母上は、各地にバラけさせたんだろう。自身の遺品を)
聞いていてクイッドは首を傾げるのだった。
訝しく思うも、自分の仕事はエストの付き添いである。
2人で黙々と街道を進んでいく。
旅程も何もかも自分次第である。クイッドは前を歩きつつもエストの体調や歩調を気にかけていた。
「あら?」
街道沿いに植えられた木の陰で休んでいる老人がいた。左腕で目元を隠して横たわっており、いかにも体調が悪そうだ。
「大丈夫ですか?」
トトトッとエストが駆け寄っていく。
クイッドも隣に立つ。何かあれば即応できる位置を意識していた。
「ん?えぇ、ちょっと暑くてね」
左腕を少しずらして老人が答える。
「そ。じゃ、お水」
エストが無造作に水袋を渡す。
「おぉ、ありがとう」
老人が受け取り、自身の水筒に水を移して飲み始めた。まさか応対しているのがバール帝国の元聖女だとは夢にも思わないだろう。
「ついでにヒール、かけてあげる」
さらにエストが両手をかざして白い光を老人に浴びせる。
止める間も無かった。
(ええぇ)
クイッドは見ていて、あまりに気軽なエストの所作に驚かされるばかりである。
「おおっ?」
ヒールを受けた老人もさすがに驚いて身を起こす。
「じゃ、お大事にね」
エストが颯爽と老人から離れて、また街道を進み始めた。
「悪いわね。ただでさえ、あたし、足が遅いのに道草、食わせちゃって」
前を向いたままエストが口を開く。
「あたし、魔力が手に入ってさ。攻撃だけじゃなくて、回復とかもかなり、楽になったのよ。防御魔術なんかも向上してるかも」
どこまでも前向きなのがエストという女性なのであった。
「さっきのは練習ですか?増えた魔力を使ってみる、良い機会ですもんね」
クイッドはチラリと老人のいた方を一瞥して告げる。
「なんてこと言うのよ」
エストが憤慨した。腰に手を当てて自分を見上げてくる。
「あたしは聖女よ。普通に人助けしただけよ」
なんとなくカートの忌避する理由の分かる物言いだった。
(カートさんは苦手だろうな。こういう人)
クイッドは上司の顔を思い出す。
「あたしは、お母様のようになりたいの。同じ力を持つのなら。少しでも多くの人が幸せに平和になれますようにって、本気でそう願ってるだけよ」
エストが断言するのであった。




