45 王都リクロ出発1
クイッドは王都リクロの城門にて聖女エストを待っていた。家まで迎えに行くつもりだったが断られたのである。
もともと流通の盛んな街だ。絶え間なく商人や荷車が視界の隅を過ぎていく。
(デートの待ち合わせみたいだなって、俺の馬鹿)
浮いた気持ちをクイッドは抑えつける。
(それにしてもティスさんとカートさんはどうしてるのかな?どうせ一緒なんだろうけど)
切れ長の、怜悧な目をした小柄な女性である。自分の偏屈な上司カート・シュルーダーのお気に入りだ。
かなりの美女だが、可憐な元聖女エストの隣では霞む。少なくともクイッドにとっては、そうなのだが。
「あの、カートさんとデートしてるんだもんな。絶対につまらない相手だと思うんだけど」
クイッドは呟き、クックッと笑みをこぼす。
生真面目そうな2人だから気が合って、あの2人にとっては、楽しい時間だったのかもしれないのだが。
「クイッドッ!」
元気な叫びがクイッドを我に返す。
聖女エストが駆け寄ってくる。純白のローブを身に纏い、背中では、茶色の旅行鞄を両手で持っている。着替えなども入っているのか。エストの身体に対しては大きくて重たそうだ。
無防備に駆け寄ってくる姿がなんとも言えず可愛らしい。元気が良すぎて周りにも気付かれて、特に男衆が振り向いている。
「待たせたわね」
胸を張ってエストが言う。
「いえ」
クイッドは辺りを見回す。
目の前にいるのはエスト一人だ。見送りにぐらいはティスも来るのだと思っていたのだが。
「あれ、ティスさんは?どうしたんですか?てっきり見送りに来るかと」
密偵だから隠れるのは上手いのだろう。自分には見つけられていないだけなのかもしれない。
「あー」
エストがポリポリと頭を掻いた。まるで少年のような仕草だが、どこか可愛らしい。
「それがさ、ティスったら、黒騎士探し?の方に取られちゃったのよ」
クイッドはエストに言われたことを考える。
「黒騎士対策はカート隊長に一任されてるはずですけど」
魔獣を王都付近に出現させられたのである。国として黒騎士を捨て置け無いということは、クイッドにも理解出来た。
「なんか、元密偵?今も密偵なんだっけ。とりあえずそこを評価されて、カートさんの推挙で、そっちのほうを助けて欲しいって、女王陛下が」
困り果てた顔でエストが首を傾げる。
「つまり、カート隊長がティスさんを抱え込んだってことですか」
エストが苦笑いで言い切った。
いくら好感を寄せているとはいえ、本当にカートがティスを任務に同伴させるだろうか。
(いくら嫌でも。カートさんからの依頼なら。聞ける範囲なら女王陛下はカートさんの頼み事、大概は聞くもんな)
カート自身も忠実な臣下だから、お互いに誠実さで牽制し合っているかのような、傍から見ているとそんな印象なのだった。
特に年を経るにつれて、女王リオナのカートへの思いは歪んでいるように見える。
「ええ、わけわかんないでしょ?」
エストが肩を竦める。
「えぇと、あっちもあっちで、つまり二人旅ってことですか?」
クイッドはとんでもないことに気付いてしまうのだった。カート達は明確に好意を寄せ合っている2人だ。
「そうなるわね。陛下もかなり荒れてたみたいだけど。止められなかったみたいね」
無造作にエストが頷く。
行き先はランパートの森だ。歩いて数日はかかる。
「それは、まずくないですか?」
ようやく当たり障りのなさそうな言葉をクイッドは思いつくことが出来た。
「そうよねぇ。でも、なんとかするんじゃない?」
事も無げにエストが言う。本気で『どうとでもなれ』と言われている気がする。
「大丈夫かなぁ、あの人たち」
クイッドは頭を抱えたくなってきた。
素直にカートが女王リオナとくっついてくれれば良かったのかもしれない。だが、カートにはそういうつもりが全く無かったようだ。
「ちなみに、こっちは大丈夫よ。あたしも自分のことぐらいなら、大概のことは自分でどうとでもできるんだから」
またエストが胸を張って告げる。可愛らしいのだが、いちいちそれをやるのは何故なのだろうか。
「まぁ、なんていうか。俺も善処します」
問題だらけなのであった。
女王リオナからの命令をカートを通じて受けた格好である。本来は自分もカートやパターガーとともに行動しているのが常なのだが。
「あんたのことは、信じてるし、頼りにもしてる。よろしくお願い」
エストがペコリと頭を下げる。
本気で強くなりたいのだと言う思いだけはしっかり伝わってきた。
「えぇ、至らぬところだらけの付き人かもしれませんが。全力を尽くします」
深々とため息をついて、クイッドは頷く。
いつまでも立ち話もしていられない。道行く人々がエストにいちいち振り返るのだ。人目を引きすぎる。
「じゃぁ、行きましょう。ランパートの森ですね」
どうしてもゴールドバック、猿の魔獣を思い出す。
(で、あの場所だ。カートさんもヤバいって言ってた、あの首飾りの場所)
知らない、森の奥地と自分の理解の範疇を超えていそうな道具だ。
「えぇ、お母様の遺してくれた装備。各地に眠っているようなんだけど。それをあたしが自分のものにする。資料をみた限り、強力そうだし、あたしが一人前の、本当の大聖女になるのには、絶対に必要だと思うのよ」
エストの言葉通りであれば、ラデン王国は狂戦士のみならず、大聖女までも手中に収めることとなる。
(俺が、その手助け、か。悪くないな)
クイッドは思いつつ、エストを先導して街の門へと向かうのであった。




