44 エストとティス3
「そうね、本気でカートさんとって思うんなら、女王陛下のやっかみのこともあるから。絶対にカートさんと、カートさん本人から離れちゃダメ。で、本当はそうでもないっていうんなら。もう、ここには来ないでくださいって、ちゃんと言った方がいいわよ」
いざとなったらカートに守ってもらえと言われている。
ティスはエストの言葉を正確に理解した。
(そして、間違いなくエスト様の留守中に、女王陛下が何かをしてくると読んでる)
そこまではティスも考えてはいなかった。
「腑に落ちない顔してるけど、大金積んで祖国に帰れとか、普通じゃないんだからね?あたし、あの場にいて肝が冷えたもの」
じとりとした視線をエストが向けてくる。
「エスト様には、陛下は何もなされてないじゃないですか」
ティスはさすがに指摘した。自分がとても鈍感なようではないか。
「気が気じゃなかったわよ。あんたも威勢がいいんだもん」
しかし、あっさりとエストには言い返されてしまう。
その後は取り留めもない話を続けて、ティスは荷造りを終えた。エストにもどこに何を入れたのか把握してもらわなくてはならない。
説明を終えるとエストが図書室に戻る。
(もう、夕方なんだけど)
夕飯近くだと言うのに、熱心に調べ物を続けるエストなのであった。
「ごめんください」
台所へ向かう前に、カートの声が響く。
「はい」
ティスは沸き立つ気持ちを抑えて、玄関へと駆けていく。
「申し訳ありません。お忙しい時間に」
カートが微笑んで告げる。更には焼き菓子の包を渡してくれた。いつも必ずちょっとした物をくれるのである。
「いえ、そんなことは」
ティスははにかみつつも包を受け取る。
「あ、どうぞ、中へ。エスト様は今も調べ物をされてますから」
ティスはカートを招き入れる。
「熱心ですな。クイッドのやつもいつになく丹念に装備などを整えております。確かに聖女様の仰るように、成長するということでは、よい判断なのかもしれません」
大真面目にカートが告げる。
「そうですわね」
相槌を打って応接室にティスはカートを通した。
屋内の片付けもだいぶ進んだことでカートにお茶ぐらいは出せるようになったのである。密かなティスの喜びだ。
カートが紅茶に口をつける。
悩んでいるような顔に思えてならない。
「何か、ありましたの?」
ティスは立ったまま尋ねる。向かいに座るべきかどうなのか、自分でも判断がつかない。
「いえ」
カートが言い淀む。何やら思考を巡らせてもいる。そんな顔だ。
「何かお仕事の、重要な機密事項ですか?それなら私も訊きませんけど」
ラデン王国軍の頂点に立つ軍人なのだ。腹に抱えている悩みぐらい、いくらでもあるのだろう。
「いや、そういうのではありません」
静かにカートが答えた。カップを置いて、杖に両手を乗せる。
「ティス殿には申し上げるべきですね」
力なくカートが微笑む。
「いや、ティス殿、かけてくださらないと俺も落ち着きません」
更に加えてカートが向かいのソファを示した。
「あっ、はいっ」
慌ててティスはちょこんと向かいに腰掛ける。なんとなく気恥ずかしい。本来は家主であるエストの席なのだ。
「うかがいます、どうぞ」
ティスは息を落ち着ける。
「では。今、パターガーが南へ逃走した黒騎士を追跡しております」
初耳だがティスは頷く。そういうこともあるのだろうと思った。襲撃した以上、追跡するのは当然だ。
「そして女王陛下が、俺にもパターガーとともに行って、黒騎士を始末せよと言うのです」
苦虫を噛み潰したような顔でカートが告げる。
思わぬ言葉にティスは頭の中が真っ白になった。
「そんな」
そしてティスは絶句した。
(これは、お嬢様の仰ったことだわ)
冷淡な女王リオナの視線がちらつく。
(でも、こんな露骨に。私とカート様を引き離すなんて)
離れるなと言われた意味がようやくティスにも分かった。
「本当に、そんな、ですよ。ここに来て王都を離れねばならんとは。しかし、陛下の判断ももっともです。魔獣をけしかけるような輩をのさばらせてはおけません。そして我が国では確実に討てるのは確かに俺とパターガーぐらいなのですから」
自分を真正面から見据えてカートが告げる。
困ったことにカートには気付かれていない。これは自分とカートを引き離す女王リオナによる離間なのだ。
(でも、なまじ、黒騎士討伐の指示も正当だから、たちが悪い)
先日の金銭のことがなければ、離間だとは誰も思わないのではないか。
(私が自分からお金を掴んでこの国を出なかったから。まずカート様て引き離してその後で改めて排除するつもりなんだわ。具体的にどうするつもりかは分からないけど)
それこそカート不在の間に強制的に祖国へ送られるのではないか。
「離れたく、ないです」
言葉が口をついて出た。
「ええっ、ティス殿、それは」
カートが戸惑う。
「私も一緒に行きます」
そして自分でも驚くような言葉をティスは発するのであった。




