43 エストとティス2
ふとエストの視線にティスは気付く。
「むしろ、あたしはあんたの方が心配よ」
ずいっとエストが鞄を挟んで身を乗り出してきた。
「え?」
わけが分からなくて、ティスはキョトンとする。
王都リクロに残るだけの、留守番をするだけの自分に、何が心配だと言うのだろうか。
「あのカートって歩兵隊長、本当にいいの?まだ会ったばかりじゃない。女王陛下と取り合いみたいになって。あんたも気が強いから焚きつけられたみたいになってて。それで意地になってるところ、ない?」
エストが指摘してくる。思わぬ言葉だった。
「それは」
故にティスも言葉に詰まる。カートとのことで、ここにまで貴族令嬢らに押しかけられてもいた。魔獣から助けたからか、レニー・チグリスこそおとなしくなっているものの。また別に嫌がらせを受ける可能性もある。
「それに一人になっちゃったらさ。どうなるの?この国で一人になったらさ。あたしがいたって大変だったのに。女王陛下が本気であんたをどうかするつもりならさ。あんた、どうとでもされちゃうのよ?分かってるの?」
言われてみればエストの言うとおりだ。
「そう、ですよね。でも」
ティスは思い返していた。
ランパートの森で助けられて、恋人として晴れ舞台で紹介されてもいる。この屋敷にもよく顔を見せてくれていて、気をかけて貰えていた。カートの示す情愛が偽りとは思えない。
(そして、私は間違いなく)
柔らかな包み込むような笑顔に惹かれている。
「浮かれているように見えましたか?」
それでもティスは尋ねていた。客観的にはどう見えていたのだろうか。気恥ずかしくもある。
「多少は。陛下の生誕祭の時とか、すんごく嬉しそうにしてたもの」
エストが容赦なく告げる。
「それは、だって。あんなこと、初めてで。まだ知りませんでしたし」
ティスはますます縮こまる。緊張もしていたが祝宴に招かれて、男性にエスコートされるのも初めてに近かったのだ。
「ま、ね。アーノルドにあれをされれば、バールの女の子なら、誰でも大はしゃぎだったと思う。あいつも、婚約とかしてなかったしねぇ」
エストがニヤリと笑う。これは、婚約者すらいないアーノルドを面白がっている笑顔だ。
一応、アーノルドとも付き合いの長いエストである。仲もかなり良かった。
(まぁ浮気とかは、エスト様もこの性格だから、無かったんだけど)
かなり親密に話していた場面もあったように思う。
「そうですね。カート様の方が優しくて素敵ですけど」
ティスはどこか近寄りがたいアーノルドを思い返して告げる。
「あはは。でも、仕方ないとは思うの。そういうふうに考えればね。で、あたしも他人のことは言えない」
エストが視線を鞄に落とす。
「あたしも、クイッドと組んで黒騎士に勝ちたいだなんて、感傷もある。。勝つだけなら、それこそカートさんとかパターガーさんと組んだ方が確実だもん。それを一緒に強くなりたいなんてさ」
強烈に求めるところがはっきりしすぎていて、突き進んでしまう。だから誤解される。
(本当は賢いし、物事も良く見えてる)
エストの言うとおりだとティスも思う。
「そうですよね。パターガー様は単独で黒騎士を圧倒されたとか?そういう人の方が確かに勝つだけなら」
ティスも頷いていた。更にもっと強いのがおそらくカーなのだ。
(隣国の、平和なラデン王国で、歩兵の2人がこんなに強いなんて知らなかったもの)
国力や国土の広大さでは、バール帝国が遥かに勝ると言うのに、侵略されてきた歴史がラデン王国には無い。小国でありながら、屈強であるからだ。
(狂戦士の拓いた国というのは、伊達ではない)
バール帝国でも上層部は把握していたのだろう。
「愚かだって分かってる。でも、あの2人だとあたしはくっついてるだけになる。寄生虫みたいに、手柄だけ吸い取る。そんなのは御免。ちゃんとあたしも強くなって、自力で勝ちたいのよ」
大聖女と呼ばれるに値する実力が欲しい。ある意味においてエストも一貫しているのだった。
「で、あたしも愚かだけど、あんたも大概」
そして話がまたティスに戻ってくる。
「見たところ、女王陛下はかなり昔からあの歩兵隊長に執着してる。気づいてないのは歩兵隊長カート本人だけね。女王陛下が外堀を埋めたはずなのに、ヒョイッて外堀を飛び越えて、あんたを口説いてるんだから」
それはどれだけ昔に遡ってのことなのだろうか。なんとなくティスは思う。
「でも、カート様の方に、女王陛下へそんな気持ちが無いなら、それは」
カートが可哀想ではないか。女王リオナ以外の女性に心を傾ける度に、今、自分がされているような目に遭わされた女性がいて。自ら身を引くように仕向けられてきたのだから。
「ま、ね。確かに本人は一途にあんたを好きで。で、あんたも同じなら女王陛下のしてることも、どうかとあたしは思うけどね」
エストも肩をすくめて肯定するのであった。




