42 エストとティス1
ティスは屋敷で旅立つエストの荷造りをしていた。初めての経験だ。なんだかんだ、いつも一緒だったからである。
「一人で行くというからには、くれぐれもクイッド様のご負担にならないようにして下さいね」
ティスは革張りの茶色い鞄に、畳んだ服をしまいつつ告げる。
本当はクイッドがいるのだから、当然に一人ではない。分かってはいるのだが、どうしても送り出すという気持ちが強くなる。
「はいはい、分かっているわよ」
エストが気のない返事をよこす。視線を開いた地図に向けたままだ。頭をよく働かせているうえ、書見も怠らない。頭のなかでは今回の計画が緻密に練り上げられているのだろう。
「クイッド様は男性です。身繕いとか身支度は、ご自分でなさらなくてはならないのですよ?」
更にティスは言い募る。
最低限の着替えしか詰め込めない。あまりかさ張る荷物を持っては行けないのだ。
(だって、一応、修行も兼ねているんですものね?)
ティスとしては心配である。涼しい顔のエストをつい見つめてしまう。
逞しい精神性の雇用主ではあるものの、まだ弱冠16歳の少女なのだから。
「本当に、分かってる」
ティスの視線に気づいて、エストが苦笑いを浮かべた。
そのまま地図を閉じて、自分を見つめ返す。
「あたしは、まったく何も出来ないわけじゃない。あんただって、知ってるでしょう?」
更にエストが断言した。
『口だけ聖女』とバール帝国では評価を受けて、今ここラデン王国にいる。
だがティスは頷いた。自分も確かに知っている。
「ええ、それは、そうですね」
何も神聖魔術に限ったことではない。
バール帝国時代、エルニス公爵家では父親に疎んじられていた上に、独立心の強いエストである。自分のことは、ティスの手がまわらないと見るや、かなりのところまで自分でやっていた。
(別に奥様もアニス様も、エスト様を疎んじていたわけではなかったのだけど)
デズモンド皇子に引っ張られたのか、父親のエルニス公爵がティス以外の侍女をエストにつけなかったのである。
そして出来ると分かっていたからティスも腹を立てたのだ。
「ただ、ラデンに来られてからは、書見ばかりされているので、やり方を忘れられたのかと思っておりました」
ここぞとばかりにティスは恨みがましいことも告げるのだった。
1人でこの屋敷を片付けるのは、かなりの重労働だったのである。
「悪かったわね。お母様の遺してくださった資料が面白いし、勉強になるし、それに」
エストが言葉を切った。遠い目をする。いつも活発なエストにしては、珍しい表情だった。
「ここにあったのは、お母様の手記ばかりで、言い回しとかさ。本人のそれで。何かお話をしてもらってるような、そんな気になっちゃって」
大聖女である母を失って、淋しくないわけがなかったのだ。
若干の衝撃をもって、ティスはエストの言葉を受け止めた。
「何言ってんのかしらね?あたし、もう子供じゃないのにさ」
恥ずかしそうにエストが身をすくめる。
「いえ、そうですよね。それは、そうなります。申し訳ありません」
気持ちを推し量ってやれなかった。ただがむしゃらに力を求めているだけだと。ティスの実家では父も母も健在だ。思い切って休暇を取れば会いに行くことも出来る。
(今は、難しいけど)
チラリとティスは思う。
自身はエルニス公爵家配下の郎党にあたる男爵家の出自だ。父も母もエルニス公爵家のために密偵のようなことをしていた。狭いところでも戦えるようにと先祖代々、短剣術に磨きをかけている。そんな家柄だった。
(そしてそれは、貴人の護衛にも活きる)
ティスはなんとなく思うのだった。本来は魔獣相手に戦うものではない。
「バールの時みたいに、闇雲なだけかと思ってしまって」
ティスは申し訳なく思う。エストの心中を一方的に決めつけすぎていたのではないか、と。
「ま、確かにやってることは、昔と変わんないしね」
肩をすくめてエストが笑う。人を惹きつける、屈託のない笑顔だ。
「別に、無鉄砲なことには変わりがない。でも、自分でもそれは分かっている。分かった上で、あたしはやる。お母様のようになりたいの。生き方をなぞることで、あたしはお母様を感じることが出来るから」
重ねてエストが告げる。今までには耳にしたことのない言葉だ。
(そんなふうに、考えてらしたんだ)
ティスは気付かされて、まじまじとエストを見つめる。
「ご立派だとは思います。いつも、力強くて、私も引っ張られるような、そんな感じで。引きずられるのは、私もなんだかんだ、そんなエスト様に、惹かれているのかもしれません」
人を引っ張っていく推進力のようなものをティスはエストから感じる。魅力的な少女ではあるのだ。
(それに比べて私は)
女王リオナとカートのことでおかしなことになっている。
ティスは我が身と志立派なエストとを、つい比べてしまうのであった。




