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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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41 クワドロテイル2

 義姉の活力に満ちた姿が好きだった。

 大聖女であるエストの母が亡くなった後、連れ子として母とともに、エルニス公爵家に迎え入れられたのだが。

(お母様も、私もお義姉様に魅了されて。仲良くしていただいたつもりだったのだけれど)

 どうにもならなかったのが、皇太子と義姉との不和であった。挙げ句、自分をデズモンドが見初めたのである。

「早く、デズモンド殿下を安心させてあげたいですから」

 あらゆる思いを押し込めて、アニスは殊勝なことを告げる。嘘の気持ちではない。デズモンドのことも好きなのだから。

「幸せ者ですな、我らが主君は」

 笑ってアーノルドが告げて、自軍の方へと向かう。

 地平の彼方に砂埃が巻き上がっていた。

(そろそろね)

 アニスは引き続き、じぃっと地平を見つめている。

 岩の多い土地ではあるが、見晴らしは悪くない。やがて砂埃が近づくにつれて、クワドロテイルの尻尾が視認できた。

「アニス様、私たちはどうするべきでしょうか?」

 副官のレイラが尋ねてくる。栗色の髪に緑色の目を持つ美女だ。可憐な容姿とは裏腹に鋭い剣撃を放つ。

 エルニス公爵家のお抱え騎士であり、アニスが戦うようになって、副官の立場を務めてくれるようになった。

「クワドロテイルの側方を突きます。正面はアーノルド卿が張ってくれるのですから。ついでに黒騎士がいれば射殺したいところですけど。あの卑怯者は姿を見せないでしょうから」

 アニスは微笑んで答えた。

「さすがのご判断です」

 柔らかくレイラも笑みを返す。

(お義姉様もただ、笑ってくださってれば、それでも良かったのに)

 寂しさとともにアニスは思う。

(殿下も魔獣も私に任せて、もっと気の合う殿方と添い遂げて、それで、ご自身の幸せを掴んで欲しかったわ)

 さぞや楽しい生活だったろう。

 指示通りに500で、侵攻してくるクワドロテイルの側方を突ける位置を取った。

「アニス様、その位置は危険です」

 先頭に出てレイラと並んだアニスは注意を受けた。

(でしょうね)

 思いつつ、アニスは弓を馬上で構える。

 4尾の1つに狙いを定めた。紫色のものだ。毒属性の尻尾である。

 正面に陣取るアーノルドらも一瞥した。

 弓に矢をつがえると、心気が澄み渡ってくる。

(毒だけは、騎士様方でもどうにもならない)

 悍ましいほどに巨大なサソリが八本ある脚で駆けてくる。

 完全武装の騎士であっても、毒気を鎧の隙間から吸ってしまう。そうなれば万全ではいられないどころか確実に死ぬ。

「当たれ」

 アニスは告げて、毒属性の尻尾に矢を射かけていく。

 硬い。矢が弾かれた。

 動じることなく、アニスは次から次へと矢を射掛けていく。

(お師匠様なら)

 生身で接近して、その上で矢を放ちながら逃げ回る。風属性魔術の素養もあるパターガーなので、強打も織り交ぜながら、だ。

(でも、結局、矢の数で戦うところは同じなのよね。変わらない)

 自分もパターガーの弟子なのだ。

 戦闘の基本的発想は変わらない。何十本でも何百本でも矢を射掛けて当てるのである。

「アニス様っ、危険ですっ!」

 抜き身の剣を手に、レイラが叫ぶ。

 確かにかなり近付いていた。先頭である。

(でしょうね)

 アニスは風を感じつつ、馬上で矢を射かけ続けていた。

「いい子ね。貴女も、私と同じ、怯えていないもの」

 アニスは愛馬に呟いた。馬術には自身がある。これは徒歩にこだわるパターガーにも出来ない芸当だ。

 4尾の1つにアニスは目をつける。

「あれを、やる」

 殺気を籠めて、アニスは矢をつがえる。力いっぱいに引き絞った。

 アーノルドらがいよいよ接敵しようというところ。先行していた、アニス達は撹乱している格好だ。

「毒なんて使わせると思って?」

 問いかけてアニスは矢を放つ。今までの瀬踏みの射撃などとは違う。

 真っ直ぐな線となって、クワドロテイルの尾を射抜いた。正確に毒を発射する噴霧口を射抜いてやったのである。他がどれだけ硬くとも、開かれている場所というのは、どんな生き物でも脆いものだ。

「お見事っ!」

 アーノルドが白刃を手にして馬から跳躍した。

 瞬く間に、残りの3尾を切り落としてしまう。

(いつ見ても思うけど、なんて力なの?)

 最早、アーノルドの剣技にはアニスは呆れてしまう。

 あっさり無力化されたクワドロテイルが真っ二つに身体を両断された。

「よぉしっ!みんなは周辺の警戒にあたってくれっ!ほかにも魔獣がいるかもしれない」

 アーノルドが眩い笑みと共に指示を飛ばす。

 それぞれの部下たちが周辺の検索にあたる。

「凄いですね。アーノルド様がいらっしゃれば、更にはアニス様や殿下もおられるのです。聖女様なんていなくっても、この国は安泰です」

 傍らに馬を寄せたレイラが呟く。

 アニスは無言で不謹慎な副官をにらみつける。

(それは、どうかしらね)

 出現する魔獣の強さが次第に増している。聖女の加護を失ったからではないのか。

 不気味な恐怖を感じつつも、アニスも言葉には出せない。

(だったら、尚の事、お義姉様を巻き込みたくないもの)

 心のうちでは本音を呟く。

「黒騎士が力を増しているかもしれないのだから、予断は禁物よ」

 不安を押し殺して、代わりにアニスは警句を発するのだった。

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