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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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40/71

40 クワドロテイル

 バール帝国皇都郊外の荒野にて、皇太子デズモンドの現婚約者アニスは、じぃっと地平の果てを見つめていた。

「そろそろ姿を現すかしら?どうやら皇都を目指しているらしいし」

 アニスは独り呟く。

 皇都を目的地とするなど、どう考えても野生ではない。

(じゃあ、敵は黒騎士に決まっている。私も相応の準備をして、戦うわよ)

 アニスは軍装である。白い軽鎧を身に纏う。更には背後に500騎を従えていた。父であるエルニス公爵の私兵達である。

 戦わなければならない。

(こんなことになって。でも、お義姉さまがいなくなってからで良かったわ)

 自分にはいつも戦う意味がある。それは義姉であるエストを助けることだ。

 戦う意味は、いつも具体的な顔をきちんと持っていて、幸せなことだとアニスは思っていた。それは義姉であるエストの顔だ。

「辛くありませんか?今日はかなり風が冷えますが」

 白銀の鎧を身に纏った、アーノルドが馬を寄せてきた。

「ええ、平気ですわ」

 アニスは微笑んで頷く。どれだけたおやかに微笑んで見せても、姉のエスト程には可愛くできない。

(それでも、こんな私の方で良いだなんて、奇特な趣味を殿下がお持ちで、幸いだったわ)

 聖女としての修練を積むことをひたすら欲していた義姉のエストだった。皇妃教育もそつなくこなしていたものの、本音では時間を取られたくなかったらしい。

(で、私もちょうど殿下には、惹かれていて、お義姉さまは要らないって、そう仰っていたから)

 義理の姉妹で利害が一致してしまった。

 たったそれだけのことで、自分はいつしかエストの代わりに先頭で魔獣駆除に当たるようになっている。

 特に足の遅いエストに代わるため、馬には乗れるようになっていた。騎射の練習も積んでいる。

(お師匠様には、邪道だって言われてたけど)

 アニスは凄惨なパターガーの笑顔を思い出す。ゾッとするような風貌で、人懐こい笑顔を浮かべていたものだ。

 エストが皇太子妃教育に努めている期間。アニスはラデン王国で、数年間、弓矢の道をパターガーに師事していたのである。

(お師匠様はどうしているかしら?お義姉様を助けていてほしいけれど)

 弓矢の正確さも速射の物量でも自分はパターガーには敵わない。

「申し訳ありません。アニス様の御手を煩わせてしまい」

 すまなげにアーノルドが言う。

 砂吐き蛇を駆除した後に、今度は大型のサソリ魔獣クワドロテイルが出現した。かなり強力な魔獣だが、自分とアーノルドの組み合わせならば間違いなく勝てる。

(問題はいつまで続くのかっていうことのほうよ)

 聖女エストがいなくなってから、魔獣の襲来が増している。あらわれる魔獣もまた強力になっていた。

「アーノルド様がいらっしゃれば、クワドロテイルも容易く倒せますわ。私たちなんてただのオマケなんですもの」

 アニスは弓矢を背負ったまま答える。

 背中の他、脛や馬にも矢筒を満載していた。パターガー流に戦うとなれば、とにかく矢の数が要る。

「さすがにクワドロテイルは強敵ですので」

 力なくアーノルドが笑う。

 4尾のサソリと呼ばれる。その討伐に向かわなくてはならない。

 頑丈な外骨格を防御とし、攻撃面では毒、炎、水、雷など4属性の攻撃を使い分けてくる。強力なハサミもまた恐ろしい。

(それでもアーノルド様ならば)

 尋常ではない剣技の持ち主だ。どんな物でも斬り裂いてしまう。

「私の方こそ、足を引っ張らないようにしないとですわね」

 アニスは肩を竦めて笑う。

 昔ならば足を引っ張らないように、などとは言っていられなかった。とにかく突撃である。

(だって、お義姉様を戦わせなくなかったんですもの)

 相手がクワドロテイルでもそれ以上の相手でも。魔力が乏しいくせにエストが突っ込んでいってしまうのである。

 そのエストも今はもう、この国にはいない。

(そうよ、もう、私には焦る理由が無いのだわ)

 エストが敵に到達するよりも早く、敵を倒さねばならなかった。

(だって、あのお可愛らしい顔が、例えば今回のクワドロテイルみたいな敵のせいで毒でも浴びればどうするの?)

 今、荒野にはアニス率いる騎乗の弓隊と、アーノルド率いる騎兵隊が整然と並んでいる。

 なお、皇太子のデズモンドも来たがった。

(殿下の腕前は存じておりますが、やはり無茶ですわ)

 ここにいない、婚約者にアニスは語りかける。

 エスト以外にはいたって紳士のデズモンドのこともやはり好きなのだ。

「ご謙遜を。アニス様の弓にどれだけの兵士が助けられたことか。知らないとは仰らないでください。我々は感謝しているのです」

 追従など要らないのに、アーノルドが謝辞を述べる。

(私に感謝するぐらいなら、誰かもっとお義姉様を擁護してくださってもいいんじゃないかしら?)

 アニスは不満に思うのだった。

 

 

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