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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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4/10

4 攫われた元聖女

 なぜこんなことになってしまったのか。

 一人、金色の猿型魔獣に抱えられたままエストは思う。

 途中までは順調だった。ランパートの森に現れる魔獣は大して強くもなく、護衛を兼ねていて武術の心得もある、幼い頃から一緒にいた侍女、ティスの敵ではなかったからだ。

 しかし、かなり進んだところで数匹の猿型の魔獣ブラックバックに囲まれた。ティスと猿たちとの乱闘になり、自分もティスを援護しようとしたところ、突然現れた、金色の体毛を持つ、より大きな猿にエストは掴まれたのである。

(まさか、真上から襲われるなんて)

 実戦経験の少なさが出てしまったと思う。

 護衛のティスも囲まれていて自分を助けることも出来なかった。そして今、自分は樹上を運ばれている。取り残されたティスがどうなったかも分からない。

(私、おいしそう?それともこの髪のせい?)

 眼下の景色が目まぐるしく変わる。後ろへと過ぎ去っているのだ。

 薄い桃色の髪が猿には魅力的に映るのか。

(そっちのほうがありそう。私、チビで痩せてるし。食べ甲斐は、なさそうだもん)

 エストはさらに思うのだった。

 人間相手ならば、自分の容姿を理由にさらわれることもありうる。自惚れではなく、エストの容姿は美しいと生国のバール帝国でもされていた。人形のように整った顔立ちと髪色、透けるように白い肌だ、と。

(私にはどうでもいいし、それでも婚約破棄されて追放されたんだけどね)

 だから大猿の魔獣にとっても、自分の容姿はどうでもいいかもしれない。

「って、そんなこと考えてる場合じゃないわっ」

 エストは我に返る。攫われて動転していたが、大人しく攫われてやる道理も無いのだ。

「離しなさいよっ、このっ!」

 非力な細腕でエストはガッチリと自分を掴む手を叩く。

 まったく気にすることもなく、猿が更に自分を運ぶ。そして牙を剥いて笑うような顔をした。

(森の奥まで運ばれるのはむしろ、望むところなんだけど。問題はこいつからどうやって逃れるか。それかやっつけるか、なのよね)

 木々を飛び移っているので、急に離されて落とされても困るのだった。

 エストはため息をつく。

 やがて木の少ない開けた場所に出る。

「グルルルッ」

 猿が唸り声をあげる。

 驚くべきことに先回りされていた。

「妙齢の女性2人を、この森の主ゴールドバックが見逃すはずがない。そう読んでた。ねぐらに連れ帰るところまで、予想通りだよ」

 涼しい声で端正な顔立ちの少年が告げる。自分と同い年ぐらいだろうか。金髪碧眼、手には小さな斧と円盾を持つ。

「さらわれた、聖女様ですね?大丈夫ですか?俺はラデン王国の歩兵クイッドと言います。救助に参りました」

 少年兵士が名乗る。

 なぜ秘匿でランパートの森に侵入した自分に救助の手が差し伸べられたのか。エストは疑問に思うのだが。

「大丈夫よ、ありがとう。でもこの手が振りほどけないのよね」

 エストはなんとか脱出しようと藻掻くも、太い指はびくともしない。

「キキッ」

 一瞬だけゴールドバックが自分を見下ろし、嘲るように鳴き声をあげた。金色の体毛に対し、毛の少ない体表は白い。

(馬鹿にして)

 エストは苛立つ。

 自分は人質になっている。バール帝国では聖女だった。守られるような存在ではない。むしろ他者を守るべき立場だった。

 そう思っていたから、そのとおりに行動しようとしてかえって疎んじられたのだが。

(情けない)

 助けに来てくれたクイッドという若い戦士も、自分が捕まっているから手を出せずにいる。

「ちいっ、どうするか」

 クイッドが斧と盾を構えたまま、思案を巡らせている。

 エストにもクイッドの悩みはわかる。

 周囲は森だ。ゴールドバックとは別の魔獣がまた何処から現れるかも分からない。このゴールドバックを早く倒して、離脱したいのだろう。

「ねぇ」

 エストは掴まれたまま呼びかける。

「はい?」

 クイッドが自分を見た。武骨な格好とは裏腹にあまりに整った顔立ちにエストはこんな時でもドキッとする。

(なんだっていうのよ。この国に来てから、ずっと変な感じ)

 自分は実は強いのだ。これも自惚れではない。

『口だけ聖女』と馬鹿にされた。魔獣が現れても何の戦力にもなれなかったからだ。聖女であるせいか馬に乗れない。乗ってもなぜか走ってくれない。徒歩で現場へ向かっても別の誰かが倒した後だった。

 戦闘後にせいぜいヒールで傷を癒すぐらい。本当は自分も倒せたのに何の手柄も挙げられず、評価もされず。

(多分、今は違う)

 知識だけ詰め込んで使う機会のなかった神聖魔術。

 今なら使える。

「この腕、外せるかもしれない。合わせられる?」

 微笑んで、エストはクイッドに尋ねる。

 木々の上で腕を外すと墜落するから試しもしなかったのだが。

「ええ、そういうことなら」

 クイッドが頷く。

「いくわよ」 

 エストは目を閉じて集中する。

 自分の中を流れる確かな魔力を感じた。バール帝国で暮らしていた頃にはなかった感覚だ。

「弾けろ、光。光爆」

 エストは感じる魔力をそのままに放出してやった。まだ複雑なことは出来ない。しない方が良い。

 強烈なただの目眩ましだ。

「ギャッ」

 ゴールドバックが悲鳴を上げて自分を離した。目を守ろうと咄嗟に目を覆おうとしたせいだ。

「くぅっ」

 エストは下草の上を転がる。

 必死で前へと這い進む。とにかくゴールドバックから距離を取らなくてはならない。うかうかしていて、また捕まっては余りに間抜けだ。

「しっ!」

 頭上をクイッドが駆け抜けた。

 頭をもたげて振り向くと、手斧で斬り掛かっている。

(速いっ、すごっ)

 懐に侵入したクイッドの斬撃がゴールドバックの左手を直撃し、毛と鮮血を散らす。

 おそらく身体能力補正の魔術を用いている。

 エストは舌を巻いた。

 更に続く一撃をクイッドが放とうとしたところ、ゴールドバックが右腕を闇雲に振るう。

「ちぃぃっ」

 左手の円盾で受け流すクイッド。自身よりも2回りは大きい相手を圧倒している。そのまま斬りつけた。

「ギギィッ」

 後ろにゴールドバックが大きく飛びのいた。胸からは血が滴っているも深手ではないようだ。

 黙ってクイッドが斧と盾を構えたまま視線をゴールドバックに据えている。

(こいつ、強い。凄い、あたしとそんな、歳も変わらなさそうなのに)

 エストは舌を巻く。自分より遥かに大柄な魔獣を完全に圧倒している。それも一対一で、だ。

「キキキッ、キキキッ」

 ゴールドバックがクイッドの方を向いたまま、木々の中へと飛び込んで姿を消した。

「あっ、逃げた」

 エストは思わず声を上げた。

「別に、あいつを倒すのが目的じゃないですから。わざわざ追うこともないでしょう」

 クイッドが武器を手にしたまま告げる。

 自分の方へと向き直った。

「立てますか?お怪我はありませんね?」

 そして事も無げに尋ねてくるのだった。

 

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