39 下命を受ける3
しれっとレビアが来客用のソファに座る。
「珍しいな、どうした?」
カートは尋ねる。滅多に女王リオナから離れないのが、このレビアとその双子の兄ビアルなのだ。
「陛下から、シュルーダー卿を呼ぶように言われて」
華奢なレビアがわざとらしく顰め面を作る。
こんな使い走りで、護衛の自分を気軽に外すべきではない、と。女王リオナにでも言いたいのだろう。
「そうか。君も大変だな」
カートは棚から紙包みを取り出す。
狭い場所での争闘に特化していて、訓練も怠らない。物腰とは裏腹に生真面目な護衛なのだ。
「なかなか菓子を食う時間もないだろうから、持っていきなさい」
紙包みの中身は焼き菓子である。カートは告げてレビアに手渡す。
「わっ、ありがとうございます。ごちそうさまです」
嬉しそうにレビアが笑って、その場で食べ始める。
食べ終わってから、レビアがピョコンと頭を下げて走り去った。
ほかにも何か仕事を仰せつかっているのだろう。
(ま、陛下の人使いが荒いのは、何も俺に限ったことじゃあないからな)
ラデン王国を若い身で治めきるのは並大抵のことではない。一方で、その直属である自分やレビアもまた忙しいのである。
(そんな中で、ようやく出会えた良縁なのだから、素直に応援してほしいところだ)
カートはため息をつく。
そして杖をついて女王リオナの執務室へと向かう。
いつも通りに軍営を出て王宮へと至る。途中、役人などともすれ違うのだが、一様に頭を下げられるのだった。
守衛に誰何を入れてもほぼ素通りだ。いくら歩兵の総隊長とはいえ、あまりに優遇されすぎではなかろうか。
「失礼します。カート・シュルーダーです」
ノックしてカートは告げる。
「入ってちょうだい」
中から女王リオナがいつも通りに応じる。
カートは入室した。金色の双眸が自分を見つめていた。なお、傍らにはレビアの双子の兄ビアルを従えている。
(男女の双子でよくもまぁ、こうも似るものだ)
カートはなんとなく思うのだが。すぐにまた視線を女王リオナに戻す。
美しい女性ではある。だが、どこか神々しくて近寄りがたい。幼い頃からの仲でなければ、苦手に感じていただろう。
「急に呼びつけてごめんなさいね?巡回に出るところだったのでしょう?」
女王リオナの視線が背中の布包みに注がれている。
中身が何だかを当然に知っているのだった。
「いえ、特段の用事というのもありませんので」
当たり障りなくカートは応じた。
「あら?あのティスとかいう娘に会うのは用事ではなくって?」
皮肉たっぷりに女王リオナが問う。
「彼女に業務として会うことはありません。要人、聖女様のお屋敷だから立ち寄り警戒を実施していただけです」
嘘ではない。ティスと会えることが嬉しいかどうかは別のことだ。
「へーえ、そうだったのねー」
女王リオナがまったく気のない返事をする。棒読みだ。まったくカートの言葉を信じていない。
(それでは、俺が公私混同しているようではありませんか)
カートは内心、腹を立てるのだった。
「まっ、あんな娘のことは良いわ。関係ないから、私たちには」
女王リオナが横を向いた。『私たち』というのは誰を指すのか。カートには分からない。
「用件はね。黒騎士のことよ。先日は容易く撃退出来たけれど。この王都で騒ぎを起こした犯罪者を捨て置くわけにはいかない」
女王リオナが凄みを利かせて告げる。
瞬きしない金色の双眸が迫力を持つのであった。
「捨て置くわけがありませんし、既にパターガーを向けておりますが?」
カートは女王リオナの視線を受け止めて告げる。
「パターガーは腕利きだけど、任務の方が重たい任務よ。一人では心許ない」
嫌な返しだった。
パターガーで足りないのであれば、ラデン王国にはその上は一人しかいない。
「既にパターガーには黒騎士を撃退したという実績もあります。足りないということは、無いと思います」
カートは断言した。
「足りない。撃退ではだめなのよ。やるなら、始末するところまでやらないと」
すげなく女王リオナに却下された。
為政者としては、容赦なく辣腕を振るう女傑だ。本気を出されると、カートなどまるで思考がついていけない。
「だから、カート。あなたも南で黒騎士の追討に当たってほしいのよ」
たおやかに微笑んで女王リオナが告げる。
最終宣告のようだ。どうやら決定事項のようでもある。反論をさせてもらえそうな雰囲気ではなかった。
(別に、仰っていることは間違いではないときてる)
カートもあやふやに頷くしかない。
確かに黒騎士を野放しにしては、またどこでどんな魔獣の襲来に人々が晒されるのか、しれたものではない。
「分かりました。勅命となれば、拒否できるわけもありません。しかし、陛下は私が自由に王都で通常業務を楽しむことは、許してくださらないのですね」
嘆きを込めてカートは告げるしかなかった。
「貴方がいるから、私の治世はこんなに安定しているの。よろしく頼むわね」
女王リオナから重ねて告げられて、カートの南行きが決定するのであった。




