38 下命を受ける2
「はい」
素直な人柄がクイッドの長所だ。おそらく聖女エストとのことで、間違いを犯すことは無いだろう。
「しれっと、当たり障りのない場所へお前が誘導しろ。それで満足して帰してもらえるようにしろ」
カートは腹案を告げる。接待修行のような有様だが、それが一番、クイッドの消耗の少ない計画であるとも思う。
「それが、ランパートの森へ行きたがっているんですよ。やっぱり、あの首飾りが要るって。覚えてます?あの得体の知れない場所を目指すって言うんですよ」
クイッドが困り顔で言う。
「カート隊長がやめろって言ってたやつですよ」
別に忘れていたわけでもないのに、クイッドが更に念を押すように言う。
当然、カートも覚えていた。
「あれか。俺にも何かはよく分からんかった。嫌な感じはした。だが、俺も知らんのだ。あの場所からしてな。聖女でないと辿り着けない場所だったのかもしれん」
カートは信じられないような思いとともに告げる。
ランパートの森については、調査を繰り返していて知り尽くしているつもりだった。
『迷いの森』と称されるほどの場所ではあるものの、ある程度、道のようなものまで作り上げておいたのだ。
「ただ、何か意図があって、あの首飾りは置かれている。そんな印象を受けたな」
もう一度、目の当たりにしたとして、自分は同じ印象を抱くことが出来るだろうか。
首を傾げずにはいられない。それぐらい漠然としていた。
「大聖女様の遺品がなんであんなところに、あったんでしょうね」
クイッドが首を傾げている。
「分からん。何か深い意図があったのかもしれんが。俺達には知る由もない」
カートほ腕組みして告げる。
エストの母である大聖女のことはカートも覚えていた。存命であれば、40歳近いわけだから、一回り以上も年上なのだが。
まだカート自身も幼い頃から、黒騎士らの操る魔獣と戦い続けていた。かなりの数の魔獣を倒し、時には封じてきたという。
カートとしても仰ぎ見る存在だった。
「俺はまだまだです。黒騎士にもあしらわれて、死にかけました。当然、次こそはって気にもなってます。それで乗せられているところも、あるのかもしれません」
肩を竦めてクイッドが告げる。
「その意気は買うがな。分かっているなら、自制もしろ」
職業として自分たち軍人は戦うのである。
「俺はギリギリまで自制している。そうでないと、敵を見かける度に自分で頭から突っ込んでいく羽目になるからな」
カートは自身の身に重ねて告げる。
戦いたい、動きたいという抑えがたい衝動は確かにあるのだった。
「分かりました。気にかけてくださって、いつもありがとうございます。隊長も、王都で留守番ですよね。エスト様も今回はティスさんを連れて行かないらしいので。どうか、ご武運を」
冷やかすような笑顔を残して、クイッドが背中を向けて執務室を後にする。
一呼吸遅れて、カートは『武運を』と言うのは、ティスとの関係性を進展させるにあたってのことを告げたのだと気付く。
「まったく、あいつは」
カートは呟く。
確かにエストもいないのであれば、あの屋敷を訪れさえすれば2人きりの時間を好きなだけ過ごせる。
だが、部下に言われたいことでもない。
(まぁ、だが、確かに俺の男の見せ所でもある、か)
どうしてもカートは沸き立つような気持ちになってしまう。
先日、サカドゴミムシダマシ相手に剣を取ってくれたことが嬉しくてならない。ブラックバックの時とは違う。あの時はただ身を守ろうとしていただけだったのだから。
「しかも、嫌がらせをしていたレニー・チグリス嬢まで助けたとか?あの方こそが、聖女なのか?」
あまりに心根が清らか過ぎる。
カートは部下からの報告で、ティスの功績を聞き知っているのだった。
(あんな方はそうはいない。俺も、自由に動いてみてもいいか)
部下2人を出張させているので、身軽な状態ではある。
カートは今度こそ、真実を見回りに出ようとクイッドの閉めていった扉を開けようとするのだが。
また、ノックの音が響く。
どこか先のクイッドよりも控えめで大人しい音だ。
「シュルーダー卿、失礼します」
鈴の鳴るような少女の声が告げる。
(レビアか)
聞き知っている声だ。女王リオナの侍従を務める少女である。時には使い走りのようなこともさせられていた。
まだ弱冠16歳なのだが、短い弓矢をよく使いこなす。
「珍しいな。入ってくれ」
カートは入室を許す。
「はーい。レビア、入りまーす」
あっけらかんと言い放ち、レビアが姿を見せる。
紫色の髪を肩のあたりで短く切りそろえていた。制服は女王リオナの侍従としての、黄色いものだ。少女だからなのか。下衣はスカートである。
可愛らしい少女でもあり、腕利きでもあり、物怖じしないところを、カートは気に入っていた。
何かしらか、女王リオナからの用件だろう。カートは予期し身構えるのであった。




