37 下命を受ける1
パターガーを南へ送り出した。
クイッドも別行動の準備で忙しくしているので、カートは今、執務室に一人である。
歩兵を伝統的に重視してきただけあって、執務室も身の丈に合わない、立派な作りだ。広い上に壁の装飾や灯りがいちいち豪華なのである。応接室も兼ねているからだ、とかつて女王リオナに言われた。
(考えるきっかけとしては、悪くないのかもしれない)
クイッドの聖女同行のことだ。自分やパターガーがいると甘える。だから自分では考えない。明らかに厄介案件の聖女エスト関係でなければ、間違いなくクイッドのためになるだろう。
「そして、その黒騎士牽制のために、よりによってパターガーか」
カートは声に出してボヤく。
自分を除けば、個人としては最高戦力だ。行動範囲や機動性、使い勝手まで考慮すればカート自身よりも良質かもしれない。
(黒騎士、か)
奇襲しか出来ない弱者である。
バール帝国に対してもラデン王国に対しても、奇襲でしか戦うことが出来ない。
「パターガーを出すほどの相手か?」
またカートは声に出してしまった。
その程度の相手にパターガーを差し向けるのか、という思いはある。
先日、使役していたサカドゴミムシダマシも大した相手ではない。数だけはいたので、手を必要とした。一般人にとっては恐ろしいだろうとも思うのだが。
「だが、俺達の敵ではない」
カートは立ち上がり、壁にかけていた杖を手に持った。
そろそろ街の見回りに出なくてはならない。
魔獣の襲撃を受けて、市民も不安だろうと思う。自分のような人間であってもいないよりはマシだ。少しでも安心させてやりたい。
「本来なら、パターガーを出すなら。クイッドをそちらでも面白かったんだが」
カートは更に紫色の細い布づつみを背負った。
仕事のさせ方、特に追跡の仕方を学ぶ良い機会にもなるだろう。
自分で考えさせる経験も得難いものである一方、特殊な仕事の実地訓練というのも得難いものだ。いざ天秤にかけてみると、カートとしては判断が難しい。
クイッドにはいずれにせよ、いろいろな経験をさせておきたいのだった。
(そもそも南って方角を割り出せたのも、パターガーならではだ)
王都リクロの南壁、その外側の地面に大穴が開いていた。
発見するなり、モグラ魔獣とともに逃げたことをパターガーが思い出して、関連付けたのである。そのまま痕跡を探し出し、南に続いていることに気付く。
部屋を出る前にノックされた。
「隊長」
当の本人クイッドだった。
「どうした?」
許可の代わりに尋ねると、クイッドが入ってくる。
「明朝、エスト様とともに王都を出ます」
かねてから報告されていたことを、改めてクイッドが告げる。準備が整ったという報告だろう。
カートは頷く。
「聖女殿の護衛だ。大変だとは思うが。くれぐれも気をつけてな」
パターガーからの報告も受けている。かなり気が強いらしい。クイッドも振り回されることだろう。
「はい。しかし、女王陛下は本当に俺一人をつけるおつもりなんでしょうか」
クイッドが不安げに言う。
言いたいことはカートにもよく分かる。カート自身の好みはさておいておいて、整った容姿の可憐な美少女と行動を共にするということなのだから。
「いっときの感情に流されるなよ。あの聖女は後が怖そうだ」
顰め面をカートも返した。
確かに正気の沙汰とは思えない。
「俺もせめてティス殿かパターガーを、それか俺を付き添いにつけるべきだと思うんだが」
カートは言い淀む。
クイッドの腰には手斧が吊るされ、円盾を背負う。いつも通りの姿だ。腕前は間違いがない。黒騎士のような強敵と出会さない限りは、聖女エストを守り抜けるだろう。
問題は年頃の、そしてまだ大人になりきれてもいない年代の男女を2人きりで放り出すことのほうだ。
ティスが来てから女王リオナの判断がおかしいのである。
「浮ついた気持ちになんてなれませんよ。俺、あの人と組んで黒騎士に負けたんですから」
あくまでクイッドと組んで黒騎士に勝ちたいという、聖女エストのわがままだ。勝つだけなら自分やパターガーと組んだほうが確実なのだから。
少なくともカートはそう見ている。
「心意気は買うがな。余りに無鉄砲過ぎる。遭遇したからといって、逃げもせず応戦するところなんかがそうだ」
カートは一通りの経緯をクイッドから聴取していた。
「平民になったとはいえ、元々公爵令嬢であり、今も聖女だ。陛下もそのつもりで入国を受け入れた人材だ。粗相は出来んぞ」
カートは念を押す。
女王リオナの腹積もりだけは読めない。何も今に決まったことではないのだが。
「俺は聖女様の護衛ってことでいいんですよね?」
クイッドが確認してくる。
「臨時の従者兼護衛だ。おそらくは危険な場所にも土足でズカズカと入ろうとするだろうから、お前が気をつけるしかないぞ」
何度も交わしたやりとりだった。
クイッドとしても不安になるような仕事だろう。気の毒なものもまた、カートとしては感じるのであった。




