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歩兵隊長は聖女の侍女に恋をする  作者: 黒笠


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33 不当要求2

 ここで生きていくのも悪くないかもしれない。

 カートと別れ、ようやく雑草の無くなった庭園を見てティスは思う。もう少し整理が進んだなら、花壇を作って花を植えることも出来るかもしれない。

(そうしたら、カート様にもご覧いただいて)

 いつか2人並んで花を眺める日をティスは夢想してしまう。その日は昼食も一緒にとる。お弁当なども自分が作るのだ。

 中まで清掃が終われば、もっともてなすことも出来るだろう。 順調に作業自体は進んでいて、あとはどう片付けるかなのであった。

(まだ、そんな日は遠いわね)

 ティスは首を横に振る。そんなことの前にこなすべき雑事が多く立ちはだかっているのだった。

「ただいま戻りました」

 昼食の時間帯だ。ティスは腹をすかせたエストの駆け寄ってくることを予期していたのだが。

(どういうこと?)

 あまりにも静かな気がする。

 もともと書見中であれば、エストの声も話をしないので静かな家ではあるのだが。

(それでも、あの人はご飯優先なんだから、食事の前は五月蝿い)

 昼寝でもしているのだろうか。

(いや、違うわね)

 すぅっとティスは目を細める。

 お仕着せの袖の中、隠していた短剣を抜き放つ。

 注意して集中してみると、家の奥に人の気配を何人か感じた。とっくにエストなど、制圧された後なのかもしれない。

(侵入者だわ)

 平和なラデン王国、と決めつけて油断していた甘さをティスは痛感する。

(カート様を呼ぶ?いや、それはダメ)

 ティスはすぐに助けを呼ぶという考えを捨てた。

(カート様を、我が家の厄介事に巻き込むわけにはいかないわ)

 あえてティスは開けた扉を閉めずにおく。中にいる誰かに少しでも動静を知られたくない。

 そろそろと気配を消して、廊下を進む。足音など欠片も立てない。幼い頃から侍女としての行儀作法などとは別に、忍びの技も叩き込まれてきた。

(私のこの力と技。本当にエスト様にだけ、使い続けるの?)

 つと迷いのような邪念が頭を過った。技術は大事な人のために使いたい。それは本当にエストなのだろうか。

 ゆっくりと頭を横に振る。

 今は危険に直面しているのだから。

 人の気配を感じるのは応接室からだ。近づいていって扉の前にティスは至る。

 話し声はしてこない。

(でも、間違いない。誰かいる)

 ティスは中の様子を覗うべく、扉に張り付こうとした。

 ドアが中から開いた。

「誰だ?」

 剣を突きつけられている。

 金髪碧眼の美男子であった。青い騎士服を身に纏う。鋭い眼差しには、明確に自分への敵意が浮かんでいた。

(この人は確か)

 不届き者にしては、あまりに秀麗な容姿をしている。そして見覚えもあった。

「コソコソするのは、仕事柄なのかしら?」

 さらに混乱させられたのは、女王リオナも応接室にいて、自分に尋ねてきたからだ。

 金色の冷ややかな視線が自分に向けられていた。

(ここは、私の家よ?)

 睨まれる筋合いなどない。

 ティスは向けられている剣になど構わず、女王リオナの視線を受け止め、そして睨み返してやった。

 頭では分かっているが、どう考えても非礼だ。

「なんと気の強い。そして無礼な。女王陛下をなんと心得る」

 騎士服の男が自分の態度を見咎めて告げる。

 剣はまだ自分に向けられたままだ。

「ティス」

 主人のエストも無事、応接室にいた。いかにも寛いだ態度でソファに身を沈めている。少しだけ困り顔だ。

「いいのよ。ここはエストさんのお母様が育った家で。ここで暮らすことを許可したのは他ならぬ私なのだから」

 取りなすようなことを女王リオナが言う。慈悲でも与えたという気持ちなのだろうか。

「ティス?女王陛下はあんたに用があるんだって」

 エストが顔だけをティスに向けて言う。久しぶりに屋敷で本を読む以外の姿を見た気がする。

「どういったご用件でしょうか?」

 剣を突きつけられたまま、押しつけられる用件など、どうせろくなものではない。そもそも訊きたくもなかった。

「ヨギラス、剣を下げなさい」

 ようやく、女王リオナが騎士ヨギラスに命じた。

 聞き覚えのある名前で、カートの言っていた騎馬隊の人物だとティスは思い出す。

「はっ」

 洗練された動作で、ヨギラスが剣を納めた。

「でも、私の前だというのに、その娘は武装しているから。気を許さないようにね」

 それでもなお、女王リオナが釘を差してくる。

 一方的に訪ねてきておいて、礼儀も何も無い、とティスは思うのだった。

 女王リオナから向けられている視線は相変わらず自分には険しい。

(こんなに睨まれるなんて。しかも、よりによって女王陛下から、だなんて)

 ティスは戸惑うまま思う。

 いつもは大体、振り回してくるエストについていて、同情されることのほうが多い。だから睨まれるのは大概、エストのほうであり、自分自身に敵意を向けられたことなど、ティスにはないのである。

「どういう手を使ったのかは分からないけど。この娘はまったく注意していなかった。それなのに、分からないものね。まさか、こんな状況になるなんて」

 女王リオナがため息をつく。

 ティスとしては、何のことだかさっぱり分からない。

「ティスさん?あなたは、バール帝国でも指折りの公爵家、エルニス公爵の郎党の家系でしょう?実家は男爵だか子爵だか低い爵位のようだけど?主に情報収集をしていて、密偵の家系とも言えるわよね、それは」

 唐突に女王リオナが説明を開始した。  

 本当にエストではなく、自分に用事があってきたのだ。でなければ身上を調べ上げてくるわけもない。

 そのことに気付いて、ティスは改めて愕然とさせられるのであった。

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